真神学園3年C組、教室。




朝、黒板を見るとわたしの名前があった。

そっか。

今日はわたし、日直だ。























【それじゃあ、また明日・1】





















「今日の授業はここまで」

休み時間に入った教室は、教師がいなくなると一気に賑やかになる。

わたしは頃合いを見計らって席を立った。
黒板消しも日直の仕事だから。

机と机の間の狭い通路、すれ違いざまクラスメートと肩がぶつかる。

「あ、ごめんなさい」

そう言って微笑むのは、学級委員の美里さん。
ううんこちらこそ、と首を振って答える。

真神の聖女という彼女の渾名は伊達じゃない。
美人で、優しくて勉強が出来て。更に運動もそつなくこなす彼女。

完璧な人間というのは案外近くにいるものだ。
何となく足を止めて彼女の後ろ姿を目で追った。

・・・綺麗な髪。シャンプー何使ってるんだろ?

バレッタでまとめたわたしの髪は彼女と同じくらいの長さだけれど、あんな風にふんわりとゆれたりはしない。

いっそ、切ってしまおうか。さっぱりするだろう。




「葵、こっちこっち!」
彼女を呼びかける明るい声に、はたと我に返る。

ああ、黒板を消さないと。

うちのクラスは美里さんを筆頭に何かと目立つ生徒が多い。
大会常勝の剣道部、その主将の蓬莱寺京一君はクラスのムードメーカー。
下級生に人気があるけど、問題児としても有名。今年の春の卒業式で乱闘騒ぎを起こして、停学処分を受けたとか。

さっき美里さんを呼んでいたのは親友の桜井小蒔さん。こちらも大会常勝である弓道部の部長だ。
ボーイッシュな美人で、男女問わず下級生に人気がある。

その隣にいるのは高校生とは思えない巨躯の醍醐雄矢君。レスリング部の部長。
真神の総番として学外にも名前が通っている。
と言っても不良というわけではなく、むしろ逆の堅物だ。
うちのクラスにいる、不良グループの中心である佐久間君に意見できる数少ない人物。

この四人だけでも十分すぎるほど目立つのに、ここに更に目立つ人物が加わった。




この春うちのクラスに転校してきた緋勇龍麻君。

「あー!ちょいまち!俺まだノート取ってねェ!」

え?あ。

「あー!」

け、消しちゃった・・・。

・・・」
こちらを恨めしそうに睨む緋勇君。

・・・目が、怖い。

中肉中背、黒髪黒目の緋勇君は、目つきが悪いこと以外はごく普通の青年だけれど、あの佐久間君や醍醐君を倒したという武勇伝を持つ。

「ご、ごめんなさい・・・」




最後になったけれど自己紹介を。

これが、わたしの名前。





















次の授業が終わった休み時間、わたしはおそるおそる緋勇君の席に近づき声をかけた。
そばには美里さんや桜井さん、醍醐君も居る。

「あの、緋勇君・・・」

「あん?」

う、やっぱり目つきがこわい。
しかし、意を決してノートを差し出した。

「あの、ノート・・・」

「ノート?」

何を言ってるんだ、お前は?とでも言いたげに睨みつけられる。
三白眼だから、ちょっと目を動かしただけで睨んでるように見えるだけかもしれないけれど、怖いものはこわい。

うううう、苦手なんだよね、緋勇君て。

強面だけど話せばきさくなので、クラスでの評判はいいんだけれど。

・・・でも。
初めて会ったときから緋勇君に感じる、この奇妙な感覚をわたしは持て余している。




「龍麻、さんはさっきの授業のノートを持ってきてくれたのよ」
わたしがあわあわとしていると、隣の席に座る美里さんが助け船を出してくれた。

ああ、やっぱり聖女様だ。

「そうか。でも美里の借りたからもういいぞ」

「・・・あう、うん。ごめんなさい。それじゃ」

怒ってはなさそう。よかった。

「待て

ひ!?

緋勇君は声が低い。

ザラリと錆びた声。
結構なインパクトだ。

わたしのような、気の弱い人間はそれだけで怖い。




「なにが【ごめんなさい】なんだ?」

「え?」

「お前、俺に謝るようなコトしたっけ?」

「え、え、あの・・・?」

「ごにょごにょ言ってちゃわからん!」

「はう!?」

ど、怒鳴られた!なんで!?

訳が分からずに視線を泳がせると、緋勇君のノートが見えた。
力強い濃いシャーペンの字。なんだか緋勇君らしい。

・・・・・。

でもコレ何語?絶対日本語じゃない。
横にある美里さんのノートはさっきの授業でやった数学の公式がキッチリ書かれている。
もう一度緋勇君のノートを見てみる。

こ、こんな文字を書く国があったような気がするけれど・・・。

「なにやってんだ、お前ら?」

その声に振り向くと、蓬莱寺君だった。

「近寄るな、京一。バカがうつる」

「な、なんだよ龍麻。急に勉強に目覚めやがって・・・ん?、なんか用か?」

いつもの五人組の所に、普段いないわたしがいれば当然不思議に思うだろう。

「んんんっ」
ぶるるん!と首を振ってその場を離れた。

おいまて!という緋勇君の声を無視して、わたしは教室から逃げ出した。





「・・・なんだあ?何クラスメートいぢめてんだよ、龍麻」

「失敬な!俺はただ普通に疑問に思ったことをだな!」
腕を組んでふんぞり返る龍麻。

「龍麻は普通にしていても顔が怖いから、さんがおびえるのも無理はないかもしれないわね」
葵はさらりときついことを言った。

「・・だ、だからだな、こうして勉強をして俺は不良ではない事を主張して・・・」

「いまさらなあ・・・そのツラじゃ整形でもしない限り無駄じゃねェの?」

「コ・ロースッ!」
がたん!!と派手に椅子を鳴らして立ち上がる龍麻。

「こら、お前たち、教室で暴れるんじゃない!よさんかッ!!」
注意の声を上げるのは醍醐君だ。




がたんがたん!





「・・・・・・・・・・」

逃げ出したものの予鈴が鳴ってきびすを返したらこの状態。

教室の中がどうなっているのかなんて、あまりにも想像がたやすくて、わたしはドアを開けるのをためらった。




パリーン!

あ、なにかが割れる音。

・・・・・窓ガラス?それとも花瓶?






「なにをしている?」

「うやあッ!?」
背後からの声に総毛立ち、思わず飛び退く。

それは見なくても分かる、声、気配。

「お、お、オハようございます、犬神先生っ」
「もう、四限目だぞ」




・・・ああ、わたしは阿呆だ。

ネジの外れた生徒に見えたに違いない。

犬神先生の、突き刺さるような視線を感じる。
緋勇君も苦手だけど、犬神先生も苦手だ。

・・・実は、担任のマリア先生も。

ただわたしがあまりにもびくびくしているせいか、マリア先生はわたしに話しかけるとき、迷子を慰めるときのように優しい。

ありがたいのだけど、ひどく情けない気持ちになる。
どうしてこう、わたしは気が小さいんだろう・・・。




「ばっか、ひーちゃん!モノには限度ってモノが!」

「ひーちゃんいうな!」

ごす!

・・・ああ、あれは多分拳で殴った音だ。

「痛ェな!!何だよ、いいじゃねえかよ、小蒔も言ってんじゃんか!!」
「女はいいんだ女は!男が言うな気色悪い!!」
「それ、男女差別って言わねェ・・・?」
「うるせ!とりあえずガラスだ、ガラスを隠せ!」

・・・窓ガラスの方だったんだ。

「おい次犬神の授業だぞ!?」
「大丈夫だよ!ガラスは透明だから!割れた破片隠して、窓開けときゃわからねェよ!」
「そっか!ひーちゃんアタマいい!」
「ひーちゃんいうなっての!!」




この、救いようのない状況。

「・・・・・」
怒っているのか呆れているのか犬神先生は無言だった。

どうにもいたたまれない。





しかし、犬神先生は何事もなかったかのように教室に入って授業をはじめ、チャイムが鳴ると同時に授業を終えた。








そして、
「この件は担任に報告しておくからな」






と言い残し教室を去っていった。







「ばれてんじゃねーか!」
「うるせェ!」

しかし二人の声は、昼休みの突入したことでクラスの喧噪にかき消された。









購買に走る人。
食堂に行く人。
教室でお弁当を広げるグループ。

いろいろ。
ひとそれぞれ。




だから。

食パン(生)をかじっている人がいたら、黙って見ないふりをしてあげるのも人の優しさってものだと思う。

「あははははは!なんだよ龍麻、それ!・・・メシ?昼メシ!?・・・あイテ!」
腹を抱えて笑うのは蓬莱寺君。
その頬にぴしん!と飛んだのはおそらく輪ゴム。

「これしかなかったんだよ!いいんだよ!俺食パン大好き!!」
そう言ってむしゃむしゃと食パン(生)を食べはじめる緋勇君。

「龍麻・・・」
「・・・ひーちゃん、せめて焼こうよ」

気付けば美里さん、桜井さんを含めたクラスのお弁当組から施しを受け、即席サンドイッチを食べている緋勇君だった。




・・・よかったねえ・・・。












【続】





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旧サイトより引っ張り出しました。
(06/06/27)