今日の五限目は音楽。

移動教室なので、最後まで残って鍵を閉めるのも、日直の役目。




「〜♪」

蓬莱寺君が皆と逆の方向に歩いて行った。








・・・・・・まあ、いいか。
























【 それじゃあ、また明日・2 】































授業の用意とカギを持って渡り廊下を歩いていると、白衣の男が中庭でタバコの煙をくゆらせていた。




犬神先生、だ。




視線の先には旧校舎。

氷塊が背中を走るように、ぞっとした。

旧校舎は、好きじゃない。
好き、と言う人はいないと思うけど・・・。
わたしはお化け屋敷も入れないほどの根っからの臆病者なので、いわくつきの旧校舎には近づくどころか見るのさえ嫌だ。
面白半分で中に入る生徒もいるようだけど・・・その気持ちが、わたしにはわからない。
どうして、わざわざ、怖い目に会いに行くのか。
恐怖より、好奇心が勝ってしまうのだろうか。
旧校舎はただ古くて気味悪いだけじゃないと、思う。

明らかに異質な場所だ。

そう思うのはわたしだけなんだろうか。




「なにをしている」

「ふわあ?!」

びっくりしたってものじゃない。
いつのまにか犬神先生はわたしの背後にいた。

「・・・次の授業がはじまるぞ」
わたしの叫び声に眉をひそめる先生。

「は、は、は、はい・・・!」
あわてて、落としかけた教科書をかき抱く。

「分かっていると思うが、旧校舎には近づくなよ」

「あ、はい・・・」

頼まれたって近づかない。

なのにどうして。

視線は、旧校舎に向いてしまうんだろう?




「あの、先生」
「なんだ」
「旧校舎って、取り壊さないんですか・・・?」
「あれだけの建物を取り壊すのに、どれだけの費用がかかると思う?」

え、お金の問題?と内心思いつつ言葉を続ける。
「で、でも、行方不明になってる生徒もいるのに・・・」

「旧校舎で行方不明になったと決まった訳じゃない」

たしかに。
・・・一時は警察も来て旧校舎を捜索したが、結局、失踪した生徒は見つからなかったらしい。

「先生は、よく旧校舎を見回ってますね・・・」
「中に入ろうとする生徒が、まだときどきいるからな」
「警察が来たとき、犬神先生も旧校舎に入ったんですよね?」
「ああ」
「旧校舎は、軍の施設だったんですか?」
「昔はな。今はただの・・・老朽化した建物だ」

そうだ。
そうであって欲しい、とわたしは思ってる。

「どうして、みんな、旧校舎に入りたがるんだろう・・・」

まるで、何かに呼ばれるように。
(・・・・なにかってなに?)
自分で考えながら、ぞっとする。

「教師の俺より、同じ生徒であるお前のほうが理解できる行為だと思うが?」

「・・・・わかりません。わたしには」

「・・・怖いのなら、見るな」

にべもなく言い放つ犬神先生。

「で、でも、そこに在るんです」

じっと、犬神先生の顔を見た。
喉に刺さるような、キツい煙草の匂いがする。

「目を瞑れ。耳を塞げ。近づくな。それが賢いニンゲン、だ」

「でも・・・!」




「踏み込むな。お前は、わかっているはずだ」




「・・・え?」

その時、ザァ!と風が吹いた。
砂埃が舞う。

顔を上げると、そこにはもう誰もいなかった。












わけのわからぬもやもやとしたものを抱えたまま、わたしは音楽室に向かった。






















音楽室。

「あら、蓬莱寺君は休みですか?」

「奴はオンチを恥じて逃亡しました」

・・・緋勇君。

「音痴は練習すれば直るのにねえ・・・」
と、本気にする先生。






次の六限目、また緋勇君と蓬莱寺君が喧嘩をしていた。





















そして、放課後。

教室の掃除も終わったし、ゴミも捨てたし、後は日誌を書いてマリア先生に渡せば日直の仕事は終了。

空になったゴミ箱を持って戻ると、教室に残っている生徒の声が聞こえた。




「・・・やっぱり・・・・・・、・・・だから・・・・」
「でもそれじゃさ・・・・・・が、なんじゃない?」

「なに言ってるの!これでもう5人目なのよ!」

ドン!

多分、机を叩いた音だろう。
この声は・・・遠野さん?

隣のクラスの遠野さんはみんなから「アン子」と呼ばれ、緋勇君が転校してきてから毎日のようにうちのクラスに来ている。
新聞部の彼女がいるって事は、何か記事になるような話なんだろうか・・・?




最近、東京では猟奇的で不可解な事件が多い。
公園で日本刀を振りまわす人。
人を襲う鴉。
眠っている間に亡くなる人。
人を攫う化け物。

数えればキリが無い。






何か、とても恐ろしいものが胎動している。
今にも目覚めようとしてる。

そんな気がして仕方がない。









「何やってんだ?お前」

「ふおう!?」
背後からの声に、地面から数センチ飛び上がるほど驚いた。

緋勇君、だ。

「お、お前・・・変な声出すなよ、こっちがびっくりするだろッ」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

「・・・・」
何か、モノ言いたげな緋勇君の視線。

、おまえってさあ・・・・」
緋勇君は、そこで言葉を切った。

わたしの身長は低い方じゃないけど、これだけ距離が近いと緋勇君を見上げる形になる。

ちらりと顔色を伺うと、への字の口。ゆがんだ眉と眉間のシワ。

うぅん、わたし、なにか気に障る事したかしら・・・?

「な、なに?」
そんなことを思いながら発した声は、うわずった。




わたしは別に、緋勇君の顔が怖いんじゃない。いや、怖いんだけど。

雰囲気が・・・身に纏うそれが、明らかに周りの人間と異なっている。
ような、気がする。

怖いのに、近づきたくないのに。

見てしまう。

気付けば、その姿を目で追っている。







その、存在感。








似てるんだ、緋勇君と旧校舎は。




















・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは『異質』だ。























そう思った自分にぎくりとした。

だめだなあ・・・。どうも最近思考が物騒だ。





「・・・・ま、いいや。教室入らねェのか?」
教室を顎で差す緋勇君。

「あ、うん、入る・・・」

教室の中には、一つの机を囲んで、いつもの面子に遠野さんが加わっていた。
机の上にあった数枚の写真をさりげなく鞄になおす遠野さんの動きが視界の端に映ったけれど、気にせずにゴミ箱を置いた。

後は日誌を書くだけなんだけど・・・何となく、教室に居づらい雰囲気。
わたしが入ってきたとたん会話が途絶えたのできっと聞かせたくない内容なのだろう。

さっさと書いて教室を出よう。
えっと、今日は・・・





「あれ、早いねひーちゃん。職員室行ったんじゃなかったの?」
桜井さんが声を掛けた。

「行った」
ぶっきらぼうに返す緋勇君。

「マリアセンセーとマンツーマンかよ、うらやましー」

ごす!

また、殴る音。乱暴だなあ・・・。

「なにすんだよ!」
「やかましい!何で俺1人怒られるんだ!?」
「ガラス割ったのも、隠そうとしたのもひーちゃんだろ!!」
「ひーちゃんいうな!」

醍醐君が、お前たちいいかげんにせんか!と止めに入る。

「あら、龍麻何を持っているの?」
さらりと話題を変えるのは美里さん。さすがだ。

「・・・反省文書けってよ」
「それで済んでよかったじゃない、ひーちゃん」
「へへ、書き方教えてやろーか?」
「ま、アンタが誰かに教えてあげられることといったら、それ位よね」
と、遠野さんが口を挟む。
「んだと、コラ」

そんな、他愛のない話が続いた。

その横で、ブツブツ言いながら緋勇君は反省文を書いている。





そこから少し離れた自分の席で、わたしは日誌を書き終えた。

さ、帰ろ。




「出来た!」
わたしが席を立つと同時に、緋勇君が声を上げた。

「早いな、龍麻・・・ちゃんと書けたのか?」
「当然だ!」
誇らしげに原稿用紙を見せる緋勇君。

「・・・・・今後一切ガラスを割らないように、注意します。3年C組緋勇龍麻」
音読みするのは蓬莱寺君。

「・・・それだけ?ひーちゃん」
と、桜井さん。

「うむ」
力強く頷く緋勇君。

「いくらなんでも・・・」
「ええ・・・・」

呆れ、口ごもる醍醐君と美里さん。

「な、なんだよ、文章おかしい?」

「そうじゃなくて・・・」
数人の声がハモる。





短すぎます。





帰る準備をしながら心のなかでつっこむわたし。









「一行はマズいって」
と、蓬莱寺君にまで言われる始末。

「な、なにいってるんだ!この一文字一文字に俺がどれだけ神経をすり減らしたことか!」

「確かに、普段の龍麻のものとは思えないくらい綺麗な字だけど・・・」
「ひーちゃん、普段もコレくらい綺麗に書いたらいいのに」
緋勇君の字をまじまじ見ながら、美里さんと桜井さんが言う。
「それじゃあ授業時間内に書き写せないだろ?だからいつもは速記なんだよ」
「速記!?アレが!?あのミミズ文字がかよ!?」
と、蓬莱寺君。
「うるせェな、いいだろ、自分は読めるんだから!」




緋勇君、字、書くの遅いんだね・・・・だから休み時間になっても写してたんだ。

しかもあんなすごい字になっちゃうんだね。
でも、テストの時とかどうしてるんだろ・・・・。

ふと、時計を見るともう四時前だった。
鞄と日誌を持って席を立つ。




いつの間にか話題は王華のラーメンのことになっていて、しかもかなり盛り上がっている。
声は掛けず、教室の後ろのドアから出ていくことにした。




音を立てずにそっとドアを開ける。と、




!」

突然呼び止められ、ビクリとして振り返ると、相変わらず不機嫌そうな表情で緋勇君がこちらを向いていた。

「じゃーな」
ひらひらと手を振る。

それに続いて、
「じゃあね、さん!」
「じゃ〜ね!」
「気をつけてね」
「日直ごくろーさん」
「じゃあな」




「・・・・う、うん。それじゃ・・・」









あらたまって見送られると、なんだか気恥ずかしい。










夕暮れ時の教室に照明はついていなくてほの暗いけれど、彼らのいるそこだけはなぜか明るく見えた。
















【続】













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(06/06/28)