ーーーーーーーーーーーッ!!」


















その声が。

を、また、この現実へと引き戻す。







































【それじゃあ、また明日・6】







































右肩に血華を散らして。

白いはずの制服は泥に染まり。

雨に濡れた髪を、鬼に掴まれて。







は、いた。




ッ!!」

精彩を欠いた目が、ぼんやりと龍麻を見た。

その表情は、死を受け入れたどこか穏やかなもの。









・・・・ふざけるなッ!!

怒りが込み上げた。
諦めきったに、ではなく。
今にも彼女を喰らわんとする鬼に対してでもなく。




己自身に。




始終、おどおどびくびくしている少女だ。

文化祭の出し物がお化け屋敷になったというだけで、人生終わったように真っ白になってしまった少女なのだ。








どうしてあのとき、1人で帰してしまったのだろう。






引き止めればよかった。

一緒に帰るべきだった。






「てめェの相手は俺だッ!!」
龍麻は走るその勢いのまま跳躍し、蹴りを繰り出す。

ゴスッ!!

雨をうち消す、鈍い音。

横へ弾け飛ぶ鬼。
濡れた地面を数度、滑るようにバウンドする。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・無事か、ッ!」

荒い息のまま話しかけるその瞳は黄金。




(・・・・・・・・・・・・緋勇、君・・・・・?)

きっと幻だろうとは思った。

こんなところに、彼が、いるはずはないのだから。

そんな瞳の色をして、こんな、想像もつかない《力》をもって。






「・・・ッハ、夢じゃねェぜ?眠っちまうには、まだ早ェぞ!」

まるで、の心を読んだように龍麻は応えた。

その声はザラリと錆びた、紛れもなく龍麻の声で。

「・・・・・・・・・」

安心したというよりも、その声にさえ怯えていた自分がなんだか可笑しくて。

緋勇君、と言うつもりだったが、の口から漏れるのは吐息だけだった。




「怖い目に会わせちまったな?待ってろ。・・・すぐ、終わる」

龍麻は、額に張り付く濡れた髪を無造作に掻き上げた。






怨ン、オオオオオオオッ!!




起き上がり、威嚇するように咆哮する鬼。

肩から落ちた衝撃のせいか、その先の腕がだらりとぶら下がっている。

痛みのせいか怒りのためか、歪んだ顔を龍麻にむけた。





「可愛くねェ声で鳴いてんじゃねェ!来いッ!!」

構える龍麻。
















土砂降りの灰色の世界。
















対峙するは、異質と異質。



































庇うように目の前に立ったその背中に、は気づく。










(ああ・・・・そうか緋勇君は)
































『器』なんだ。




















畏怖すら感じる年経た巨木のような。






ゆるぎなく大地に座し、神すら宿すもの。




















雨に意識を流されながら。




ぼんやりと、はそう思った。








「ハァアアアアアアアアア!」

龍麻の身体から放出される《氣》に、雨がぱッ!と散った。

拳をつくった両の手が。

いや、全身が。

淡い黄金色に光る。




(《力》を使いすぎた・・・一気に決める!)




凝縮された黄金が、猛る龍のごとく龍麻の拳から放たれた。

それは、≪秘拳・黄龍≫と呼ばれる徒手空拳の秘奥義。






鬼は断末魔を上げる間も無く、金色の龍に喰われた。











後に残るのは、黒くただれた残骸。

しかしそれも雨に洗われ、形を崩していく。




「・・・ッハア、ハア。たく、心配させやがって。生きてるな?」

振り返った龍麻は、ぐらりと姿勢を崩した。

「・・・とと」
雨のせいか、それとも開放した見鬼の力のせいか、思った以上に体力の消耗が激しい。

「もうすぐ美里たちが来るからな。そうしたら・・・」

「・・・・っ!」
は顔を上げ、何か言おうと口を開いたが、肩の痛みに顔を歪める。

「ああ、動くなって」





「ひ、ゆ・・・」
声を、振り絞る

そのあまりの必死な様子に、龍麻は首を傾げた。

「うん?」




「う、しろ・・・!」

「ッ!」

龍麻が気づくより早く。

青白い炎が、五つ。

龍麻の肩に、首に、足に、喰らいついた。




「ッぐあ!?」
声を上げる龍麻。

「ヤロウ・・・!」

凍てつくような青白い炎をまとった五つの頭蓋骨の力は強く、振りほどこうとする龍麻の動きは鈍い。

「クソッ、こいつら・・・!?」

骸骨たちはさらに深く、龍麻に喰らいつく。















くらい さむ い    こわい つめたい こ こ はど こ?
















虚ろな目にはなにも映らない。

助けを求める腕は無い。

逃げる足も無く。




訴える、声すら失って。







それは、あの鬼の腹におさまっていた、頭蓋骨。

泣いていたモノたちだ。






鬼ごっこをして捕まり・・・鬼になった。











理不尽だ、とは思った。




あまりにも、理不尽な命の終わりだ。




一歩違えば、自分もあの鬼の腹の中だった。

逃れることの出来ない苦痛を、死んでもなお抱え続けなければいけない。

暗い腹の底で逃げることも出来ず声を上げることも出来ない。






あの鬼も、怯えていた。

自ら喰らっておきながら。






己の腹の中で鳴く者たちに、怯えていた。




















なんて、愚かしい。

なんて、悲しい姿だろう。





なにも知らずに闘う龍麻の姿に、かける言葉など見つからない。















の中にはもう、ちっぽけな恐怖心などかけらも無かった。

痛みすらなく、ただどうしようもない感情が支配する。




「ちィ!砕けろ!!」

振り払うのを諦め、龍麻は鬼火と化した頭蓋骨たちを己の身体ごとコンクリートの壁にぶつけた。




だが、その瞬間鬼火たちは龍麻から離れた。

「脳みそなんか無ェくせに生意気な・・・!」
壁を背にし、龍麻は構え直す。




ゆらゆらと空中を漂う鬼火たちが、一斉に襲いかかる。

龍麻だけに。




のすぐ側も旋回するが、なぜか、鬼火はを襲わない。







(・・・、そうか)

は、気付いた。




立ち上がる。

顔を上げて、前を、向く。





「ひ、ゆうく・・・」

一歩一歩、近づく。

「ッ!?来るな!!」

自在に動く五つの鬼火たちの動きは素早く、消耗しきった龍麻はあきらかに不利だった。




「・・・つかまえた」

は、雨に濡れて冷えて感覚の無い手でぎゅっと龍麻の袖を掴んだ。




「馬鹿野郎!なんで・・・ッ」




「これで、緋勇君も・・・鬼」






雨に濡れた制服は、こんなに重い。

自分の声が、耳鳴りでかき消される。

今にも倒れてしまいそうな身体をどうにか律して。




は、息を吸い。

襲いかかる鬼火たちに、言った。

































「もう、鬼ごっこはおしまい。だから、お休みなさい」
























感傷でも、哀れみでもなく、ただ切に願う。




どうか、やすらかに。




















乾いた音が響いた。






















雨は、いつの間にか止んでいた。








































ごす!

奇妙なその音に、は自分が気を失っていたことを知った。

(なに?今の緋勇君が蓬莱寺君をグーで殴った時のような音は・・・)




「てェな!いちいち殴るんじゃねェよ!グーで!馬鹿になるだろ!」
「もともと馬鹿なんだからこれ以上は馬鹿にならねーよ!」
「なーるほど!・・・じゃねェ!助けに来てやったのになんだその言い草は!!」
「だったらもっと早く来い!」
「しょうがねえだろ!来る途中、百鬼夜行みたいに敵が襲ってきたんだから!」

龍麻と京一が、お互い胸倉を掴みあって喧嘩をしている。

(あ、あわわわわ!?)

「あ、起きた」
明るい声には顔を上げた。

「大丈夫?さん・・・」

真上から聞こえた別の声は・・・

「み、美里さん!?」

小蒔に顔を覗かれ、葵に膝枕をされているのだと気付いたは、慌てて飛び起きた。

「よかった気がついて。びっくりしたわ、道に倒れているさんを見つけた時は」
おっとりと話す葵。

「・・・・え?」

「ねえ?小蒔」
「へ?あ、う、うん!そうだよ!びっくりしちゃった!さん、道に倒れてるんだもん!」
話を振られた小蒔は、どぎまぎしながら葵が言った通りのことを繰り返す。





「少しうなされてたみたいだけど、悪い夢でも見た・・・?」

「ゆ、夢・・・?」
葵の言葉に、は愕然とする。




さっきのアレは、夢?

なにもかもが鮮明に思い出されるのに。

雨の冷たさも。

濡れたコンクリートの感触も。

鋭い爪を食い込ませて掴まれた肩も。





「あ!」

思い出し、肩を見る。

傷は無い。血の跡すらも。

はじめからなにも無かったように。




なにもかもが。

まるで、夢のよう。







「どこか、痛む?」
気遣う葵。

「ううん・・・でも、・・・・」
ゆっくりと首を振る

「そう?じゃあ、一緒に帰りましょう?」
葵はにこりと微笑む。

「でも、あの・・・」

周りを見渡しても、ただ、濡れたアスファルトが広がっているばかりで。

あの時、確かに鬼火たちは、身に纏う炎を失い、地面に落ちたはずなのに。





「最近、何かと物騒だから・・・ね?」
キョロキョロするの肩に手を置く葵。

「うん。それはいいんだけど・・・でも・・・」

「うふふ、夢よ、夢」
葵はその手に力を入れる。

「へ?いやあの・・・」

「うふふ!」
それは、反論を許さぬ絶対の笑みだった。





「・・・・・・・・・・・・・」

葵の迫力に負けては口篭もった。




「お、気付いたか、ちゃん!」

「なんでテメエはいきなりちゃん付けなんだよ!」

振り上げた龍麻の拳をひょいと避ける京一。

「へっ、そう何度もくらうかっての!」

「甘いわ!」

「うお!?」

足を払われ、京一はすっ転んだ。

「・・・ったく、ガキねェ、アンタたち」
呆れるアン子。

もはや止める気も起こらないのか、醍醐はただ、ため息をつくだけだ。







ぼんやりとその光景を見る




ふと、龍麻と目が合った。




(え?)

それは、ほんの一瞬の動作で。




龍麻は人差し指の先を口元に当て、片目を閉じる。




その表情が、なんだかとても愛嬌があって。









は、思わず笑った。























































そして。




ひとつの季節が終わり、次の季節がはじまって。

は黒板に書かれた自分の名前を消し、明日の日直の名前を書く。




放課後の教室には彼女といつもの五人組。

日誌と鞄を持つの姿を目に止めた龍麻が、話しかけてきた。

「帰るのか、?」

「うん、お先に」




あの日にあったことを、はなにも聞かなかった。

五人もの女の人を喰らった鬼のこと。

龍麻の持つ、あのすさまじい《力》のこと。

いつの間にか、治っていた肩の傷。

もちろん、夢だとは思ってはいない。

けれど、なにも言う必要は無いと思っている。






「気をつけてな」
龍麻もまた、なにも語らなかった。



あの時鬼火たちを静めたのは間違い無く、の言葉だった。

ミサの言うとおり、彼女は古い血筋の先祖返りなのだろう。

言葉には《力》があり、それらは≪言霊≫と呼ばれる。

あの極限の状況で彼女は間違い無く言霊を使った。





ただ、が以前ほど自分を怖がらなくなったと感じている。

それで十分だと、龍麻は思う。




「じゃあね、さん!」

「気をつけてね?」

「日直ごくろーさん、ちゃん」

「じゃあな!」







はほんの少しはにかんで、言った。





































「それじゃあ、また明日」




















【終】

















 + 

コレにて幕。
最後までお付き合いありがとうございました!
(06/06/29)