幻惑ライブラリ
4
閲覧テーブルに戻ると、そこには誰もいなかった。
「葵も醍醐君もまだ何か探してるのかな?」
ドサ、と本を置く小蒔。
「蓬莱寺君も・・・戻ってないんだね」
ぽつりと呟く。
「いや、アイツはどうせ週刊誌のコーナーだろ」
「どこかのソファーで寝てるとかだよね」
の言葉に、すかさず龍麻と小蒔が返す。
「ま、アホはほっといて、宿題を片付けるか」
「そーだね。さんも座って座って!」
「う、うん」
ふと、は振り返り、並ぶ書架を見た。
(あれ・・誰も、いない・・・?)
エントランスでは途切れることなく人が流れていたのに。
館内の、書架の周りに誰もいないなんてこと、あるのだろうか?
一瞬、何かが胸の内をよぎった。
「どうした?」
動かないに、龍麻が声を掛ける。
「う、ううんなんでもない」
は視線を戻し、席に座った。
そしてしばらくの間、本をめくる音とシャーペンを走らせる音だけが響き。
「でーきた!」
そう言って、うーんと伸びをする小蒔。
「あ〜、やっぱり図書館は静かでいいね。うちだと弟たちがうるさくってこんなに集中できないよ」
「弟さん・・・二人いるんだっけ?」
手を止め尋ねる。
「うん。弟二人と妹一人!さんは兄弟いる?」
「ううん、ひとり」
「そっかあ、じゃあオヤツとかオカズの取り合いが無いんだね・・・うらやましい」
小蒔の言葉に、その光景を想像したは思わず笑った。
「ヒドいな〜、由々しき事態なんだよ?あ、ひーちゃんまで笑ってる!」
「・・・笑ってねえよ」
ザラリと錆びたような龍麻の声。
ようやく聞き慣れたには、それがいつもより幾分やわらかいものだと分かる。
「そういえば、美里も醍醐も遅いな。京一はともかく」
話を変える龍麻。
「あ、そうだね。京一はともかく」
「・・・・。えと、もう半時間以上経ってるね」
壁に掛かった時計を見上げる。
「ボク、探してくるよ!二人は勉強続けてて」
席を立つ小蒔。
だが、が読書感想文を書き終えた後も、龍麻が英語の課題を終わらせた後も、小蒔は戻ってこなかった。
葵も、醍醐も。
「妙だな。いくらなんでも遅すぎる」
訝しげな表情を見せる龍麻。
「う、うん・・・」
「探してくる」
席を立つ龍麻。
「あ、わ、わたしも・・・」
「お前はここにいろ、」
立ち上がろうとするを制して、さらに龍麻は言った。
「・・・妙な気配がする」
≪氣≫を高ぶらせた龍麻の瞳は、黄金に輝く。
「で、でも、だったら・・・」
わたしも、と言葉を続ける。
「駄目だ。もし何かあったとしても、アイツらなら自分で何とかできる。・・・だから、お前はここにいろ」
そう言って、龍麻は並ぶ書架の向こうに消えた。
「・・・・・・」
龍麻の残した言葉はの胸にずしりと重くのしかかり、追いかけることなど到底できなかった。
同じ高校三年生。
クラスメート。
一緒に、補習を受けて。
図書館で勉強して。
同じ時を、同じ場所で、過ごす。
だがと彼らの間には、見えない隔たりがある。
以前、は鬼に襲われた。
そこを、すんでのところで助けてくれたのが龍麻だ。
それは、圧倒的。
常人をはるかに超えた《力》だった。
龍麻だけでなくそばにいる彼ら皆、そうなのだろう。
東京で次々起こる怪異。
彼らはそれに関わり、人知れず鎮めている。
それを知ったは、恐ろしいものから目を逸らし、背を向け、逃げる自分が矮小に思えた。
「・・・・・・・・・」
鬱々と考えているうちに時間だけが流れる。
待てども待てども、龍麻は戻ってこない。
小蒔も。
葵も、醍醐も。
誰も戻ってこない。
館内にいるが自分ただ一人のような錯覚を覚えるほど、辺りは静まり返っている。
(ど、どうしよう・・・!?)
時が経つにつれ、感じる違和感。
背中から、並ぶ書架から感じるプレッシャー。
何かがおかしい。
自分の中のさらに内側が警告を発している。
心臓のように形あるものでなく。
心のように形なきものでなく。
言うならば、魂が。
震える。
怖い。
逃げたい。
(どこへ?)
己に問いかける。
逃げたい。
(緋勇君は?みんなはどうするの?)
知らない。怖い。
(さ、探さなくちゃ・・・!)
けれど足は石のように硬く重く動かず。
震える手を止められない。
振り返ることすら、できない。
(でも・・・!)
なんとかしなくちゃ。
わたしに、なにができるっていうの。
怖い。
探さなきゃ。
内なる自分が、葛藤する。
「緋勇君たちを、探す!」
決意を言葉に出して、全身を奮い立たせる。
まっすぐ、書架に向かう。
(怖い、怖い怖い!)
感じたことのない異様な空気に、総毛立つ。
(・・・でも、旧校舎よりは、まし、かも・・・・?)
早鐘のような心臓を押さえながら、一歩一歩、踏み出す。
たくさんの人がいたはずの図書館。
右の書架を見ても左の書架を見ても、いまは、誰もいない。
通路を横切る人間すら。
通路の向こうのある閲覧スペースに、視線を巡らせる。
(え、うそ。無い・・・!?)
我が目を疑う。
その先には、大きな絵画が掛けられた壁と閲覧用のソファーがあったはずなのに。
の目に映るのは、延々と等間隔に並び続く書架。
先は点となっていて、果てが見えない。
(合わせ鏡の、向こうみたい・・・・)
そう思って、次にぞっとした。
一体自分は、どこに紛れ込んでしまったのだろう?
思わず一歩下がる。
と、背中に何かがぶつかった。
「!」
息を呑んで振り返る。
の背後にいたのは。
「君・・・」
さっき人違いをした青年だった。
そうと分かったは。
「真神学園高校三年C組です!!」
間髪入れず勢い良く、はっきりと名乗った。
その勢いに飲まれたのか、青年も。
「・・・拳武館高校三年戌組、壬生・・・紅葉」
そう、名乗った。
【続】
そんなわけで、謎の青年・壬生紅葉(みぶ
くれは)登場です。
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(06/07/02)
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