幻惑ライブラリ






閲覧テーブルに戻ると、そこには誰もいなかった。




「葵も醍醐君もまだ何か探してるのかな?」
ドサ、と本を置く小蒔。

「蓬莱寺君も・・・戻ってないんだね」
ぽつりと呟く

「いや、アイツはどうせ週刊誌のコーナーだろ」
「どこかのソファーで寝てるとかだよね」

の言葉に、すかさず龍麻と小蒔が返す。

「ま、アホはほっといて、宿題を片付けるか」
「そーだね。さんも座って座って!」

「う、うん」

ふと、は振り返り、並ぶ書架を見た。




(あれ・・誰も、いない・・・?)

エントランスでは途切れることなく人が流れていたのに。

館内の、書架の周りに誰もいないなんてこと、あるのだろうか?




一瞬、何かが胸の内をよぎった。




「どうした?
動かないに、龍麻が声を掛ける。

「う、ううんなんでもない」
は視線を戻し、席に座った。
















そしてしばらくの間、本をめくる音とシャーペンを走らせる音だけが響き。
















「でーきた!」
そう言って、うーんと伸びをする小蒔。

「あ〜、やっぱり図書館は静かでいいね。うちだと弟たちがうるさくってこんなに集中できないよ」

「弟さん・・・二人いるんだっけ?」
手を止め尋ねる

「うん。弟二人と妹一人!さんは兄弟いる?」
「ううん、ひとり」
「そっかあ、じゃあオヤツとかオカズの取り合いが無いんだね・・・うらやましい」
小蒔の言葉に、その光景を想像したは思わず笑った。
「ヒドいな〜、由々しき事態なんだよ?あ、ひーちゃんまで笑ってる!」

「・・・笑ってねえよ」
ザラリと錆びたような龍麻の声。
ようやく聞き慣れたには、それがいつもより幾分やわらかいものだと分かる。

「そういえば、美里も醍醐も遅いな。京一はともかく」
話を変える龍麻。

「あ、そうだね。京一はともかく」

「・・・・。えと、もう半時間以上経ってるね」
壁に掛かった時計を見上げる

「ボク、探してくるよ!二人は勉強続けてて」
席を立つ小蒔。







だが、が読書感想文を書き終えた後も、龍麻が英語の課題を終わらせた後も、小蒔は戻ってこなかった。

葵も、醍醐も。




「妙だな。いくらなんでも遅すぎる」
訝しげな表情を見せる龍麻。
「う、うん・・・」
「探してくる」
席を立つ龍麻。

「あ、わ、わたしも・・・」

「お前はここにいろ、

立ち上がろうとするを制して、さらに龍麻は言った。

「・・・妙な気配がする」

≪氣≫を高ぶらせた龍麻の瞳は、黄金に輝く。

「で、でも、だったら・・・」
わたしも、と言葉を続ける

「駄目だ。もし何かあったとしても、アイツらなら自分で何とかできる。・・・だから、お前はここにいろ」
そう言って、龍麻は並ぶ書架の向こうに消えた。














「・・・・・・」

龍麻の残した言葉はの胸にずしりと重くのしかかり、追いかけることなど到底できなかった。












同じ高校三年生。

クラスメート。

一緒に、補習を受けて。

図書館で勉強して。




同じ時を、同じ場所で、過ごす。






だがと彼らの間には、見えない隔たりがある。










以前、は鬼に襲われた。

そこを、すんでのところで助けてくれたのが龍麻だ。




それは、圧倒的。

常人をはるかに超えた《力》だった。




龍麻だけでなくそばにいる彼ら皆、そうなのだろう。




東京で次々起こる怪異。

彼らはそれに関わり、人知れず鎮めている。











それを知ったは、恐ろしいものから目を逸らし、背を向け、逃げる自分が矮小に思えた。




「・・・・・・・・・」

鬱々と考えているうちに時間だけが流れる。









待てども待てども、龍麻は戻ってこない。

小蒔も。

葵も、醍醐も。




誰も戻ってこない。




館内にいるが自分ただ一人のような錯覚を覚えるほど、辺りは静まり返っている。

(ど、どうしよう・・・!?)

時が経つにつれ、感じる違和感。

背中から、並ぶ書架から感じるプレッシャー。







何かがおかしい。

自分の中のさらに内側が警告を発している。

心臓のように形あるものでなく。
心のように形なきものでなく。






言うならば、魂が。

















震える。








怖い。

逃げたい。




(どこへ?)

己に問いかける。





逃げたい。




(緋勇君は?みんなはどうするの?)





知らない。怖い。






(さ、探さなくちゃ・・・!)

けれど足は石のように硬く重く動かず。

震える手を止められない。




振り返ることすら、できない。




(でも・・・!)


















なんとかしなくちゃ。




わたしに、なにができるっていうの。







怖い。

探さなきゃ。











内なる自分が、葛藤する。
















「緋勇君たちを、探す!」

決意を言葉に出して、全身を奮い立たせる。

まっすぐ、書架に向かう。




(怖い、怖い怖い!)

感じたことのない異様な空気に、総毛立つ。




(・・・でも、旧校舎よりは、まし、かも・・・・?)




早鐘のような心臓を押さえながら、一歩一歩、踏み出す。




たくさんの人がいたはずの図書館。

右の書架を見ても左の書架を見ても、いまは、誰もいない。

通路を横切る人間すら。





通路の向こうのある閲覧スペースに、視線を巡らせる。




(え、うそ。無い・・・!?)

我が目を疑う




その先には、大きな絵画が掛けられた壁と閲覧用のソファーがあったはずなのに。

の目に映るのは、延々と等間隔に並び続く書架。

先は点となっていて、果てが見えない。




(合わせ鏡の、向こうみたい・・・・)





そう思って、次にぞっとした。





一体自分は、どこに紛れ込んでしまったのだろう?




思わず一歩下がる。

と、背中に何かがぶつかった。




「!」

息を呑んで振り返る。











の背後にいたのは。




















「君・・・」

さっき人違いをした青年だった。








そうと分かったは。




「真神学園高校三年C組です!!」

間髪入れず勢い良く、はっきりと名乗った。












その勢いに飲まれたのか、青年も。

「・・・拳武館高校三年戌組、壬生・・・紅葉」




そう、名乗った。

















【続】













そんなわけで、謎の青年・壬生紅葉(みぶ くれは)登場です。

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(06/07/02)