幻惑ライブラリ






「・・・・・・・・・」




「・・・・・・」




名を名乗り、名乗り返させたものの、はそれ以上のアクションを起こすことができなかった。






目の前に立つ黒ずくめの青年、壬生紅葉は固まるを見つめる。

龍麻のような三白眼ではないものの、鋭い視線を受け、は目を合わせることができなかった。




「・・・えと、あの、えっと・・・」

さらに口ごもる。

目を泳がせる。



自分の普段の態度が他人にどう思われているか、は知っている。





挙動不審。

小動物。

落ち着き無い。

どもり癖。





だからこそ、こんな状況で怪しまれないためにも名乗ったのに。

「あ、怪しい者じゃないんです・・・」
結局そんなセリフを吐いてしまう。




「それは・・・まあ、わかるよ」
と、壬生。

「あの!わたし、く、クラスメートを探していて・・・」

やっぱり待ってれば良かった、とひどく後悔する。
そう思ってしまう自分がなんだか情けない。

ぐじぐじ悩む心とは裏腹に、言葉は止まらない。

「みんな、戻ってこなくて。探しに行った子も、戻らなくて。ま、待ってろって言われたけど・・・、でも、あの、心配で、探していて、」

「僕は、さっきからずっと同じところを歩いているけれど、誰にも会っていない。きっと君の友達もそうなんじゃないかな」
が垂れ流す言葉を遮るように、壬生ははっきりと言った。




「お、同じところ・・・?」
問い返す

「口で説明するより、実際見た方が早い」

そう言って壬生は書架から一冊本を引き抜いた。

背表紙をに見せ、床に置く。




「このまままっすぐ進むんだ」

歩き出す壬生。
一歩遅れてはついていく。








しばらく歩き続けると、床に落ちた一冊の本を見つけた。

壬生はそれを拾い上げ、に見せた。

「・・・・・!」
は、言葉が出なかった。




それは間違いなく先ほど壬生が床に置いたものだった。




「まるで、空間がねじれてるみたいだろ?」

「・・・メビウス」
ぽつりと呟く

「詳しいね」

そんなことない、と言わんばかりには首を振って。
「・・・・・・・・・・いったいどうして、こんな」

「さあね。でも、何者かの悪意を感じる」

「し、自然現象じゃ、無くて、だれかが、ってこと・・・?」

こんな状況下で、動揺をまったく見せない壬生の姿に戸惑いつつ、は尋ねた。

「ああ」
持っていた本を、書架に戻す壬生。

「・・・・わざと、みんなを、迷わせてる、の?」

「おそらく」

「ど、どうして・・・」

「それは、本人に聞いてみないとわからない」

そう言って壬生は、向いの書架に背を預け、腕を組む。




思案するように目を瞑るその姿に、そして身に纏う雰囲気に、は思う。

(やっぱりちょっと、緋勇君に似てる・・・)

壬生の横顔をまじまじと眺める




の視線に気づいた壬生が目を開け、を見た。

目が合うと、思わずは視線を逸らす。

「・・・こ、こんなことができる悪意って、なんなんだろう・・・」

「悪意は悪意。人が、人に向けるものさ」
どこか悟りきった、壬生の言葉。

「だって・・・こんなの、人が、人に向けるものを超えてる」





空間を、捻じ曲げるほどの《力》













その持ち主は、すでに人ではないかもしれない。














ぎゅ、と自分の肩をおさえる

あの日、鬼につけられた傷は跡形も無く消えた。




けれど痛みは、恐怖は、記憶から消えない。











「・・・・そうかな。世の中には、笑いながら人を殺せる奴もいる」

辛辣な壬生の言葉に、はゆっくりと顔を上げた。






「君は、感じないか?今、この街にあふれるどす黒い感情を」







「・・・・・・」
問い掛けてくる壬生の顔を、はようやく正面から見据える。










「薄汚い、邪なものが肥大しているような気が、しないか?」















纏う色は同じ黒。

髪も、瞳も。

なのに、







(緋勇君と似てるけど、やっぱり違う。でもどこか・・・)
















きっとそれは類似ではなく、相対。





(例えるなら、陰と陽・・・・?)









「・・・すまない。今のは忘れてくれ」

今度は、壬生が目を逸らす。






「・・・・う、うん」
立ち入ってはいけない部分を垣間見た気がして、は俯いた。





そして、奇妙なことに気づく。

「・・・あ」

の足は、サンダル。
床は、人造大理石。

けれど、そこにあるはずのものが無い。

「影、が・・・?」





次の瞬間。
耳をつんざくような破裂音が聞こえた。

まるで、図書館中のガラスがいっせいに割れ、はじけ飛ぶような大音量だ。




「・・・・!!」
耳をふさぎ、身を竦ませる








続いてやってきた、身体をもっていかれるような激しい揺れにたまらず膝をつく。















壬生の声が聞こえた気がしたが、音が止むまで、揺れがおさまるまで、はぴくりとも動けなかった。



















【続】












 +  + 

(06/07/05)