幻惑ライブラリ
5
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
名を名乗り、名乗り返させたものの、はそれ以上のアクションを起こすことができなかった。
目の前に立つ黒ずくめの青年、壬生紅葉は固まるを見つめる。
龍麻のような三白眼ではないものの、鋭い視線を受け、は目を合わせることができなかった。
「・・・えと、あの、えっと・・・」
さらに口ごもる。
目を泳がせる。
自分の普段の態度が他人にどう思われているか、は知っている。
挙動不審。
小動物。
落ち着き無い。
どもり癖。
だからこそ、こんな状況で怪しまれないためにも名乗ったのに。
「あ、怪しい者じゃないんです・・・」
結局そんなセリフを吐いてしまう。
「それは・・・まあ、わかるよ」
と、壬生。
「あの!わたし、く、クラスメートを探していて・・・」
やっぱり待ってれば良かった、とひどく後悔する。
そう思ってしまう自分がなんだか情けない。
ぐじぐじ悩む心とは裏腹に、言葉は止まらない。
「みんな、戻ってこなくて。探しに行った子も、戻らなくて。ま、待ってろって言われたけど・・・、でも、あの、心配で、探していて、」
「僕は、さっきからずっと同じところを歩いているけれど、誰にも会っていない。きっと君の友達もそうなんじゃないかな」
が垂れ流す言葉を遮るように、壬生ははっきりと言った。
「お、同じところ・・・?」
問い返す。
「口で説明するより、実際見た方が早い」
そう言って壬生は書架から一冊本を引き抜いた。
背表紙をに見せ、床に置く。
「このまままっすぐ進むんだ」
歩き出す壬生。
一歩遅れてはついていく。
しばらく歩き続けると、床に落ちた一冊の本を見つけた。
壬生はそれを拾い上げ、に見せた。
「・・・・・!」
は、言葉が出なかった。
それは間違いなく先ほど壬生が床に置いたものだった。
「まるで、空間がねじれてるみたいだろ?」
「・・・メビウス」
ぽつりと呟く。
「詳しいね」
そんなことない、と言わんばかりには首を振って。
「・・・・・・・・・・いったいどうして、こんな」
「さあね。でも、何者かの悪意を感じる」
「し、自然現象じゃ、無くて、だれかが、ってこと・・・?」
こんな状況下で、動揺をまったく見せない壬生の姿に戸惑いつつ、は尋ねた。
「ああ」
持っていた本を、書架に戻す壬生。
「・・・・わざと、みんなを、迷わせてる、の?」
「おそらく」
「ど、どうして・・・」
「それは、本人に聞いてみないとわからない」
そう言って壬生は、向いの書架に背を預け、腕を組む。
思案するように目を瞑るその姿に、そして身に纏う雰囲気に、は思う。
(やっぱりちょっと、緋勇君に似てる・・・)
壬生の横顔をまじまじと眺める。
の視線に気づいた壬生が目を開け、を見た。
目が合うと、思わずは視線を逸らす。
「・・・こ、こんなことができる悪意って、なんなんだろう・・・」
「悪意は悪意。人が、人に向けるものさ」
どこか悟りきった、壬生の言葉。
「だって・・・こんなの、人が、人に向けるものを超えてる」
空間を、捻じ曲げるほどの《力》
その持ち主は、すでに人ではないかもしれない。
ぎゅ、と自分の肩をおさえる。
あの日、鬼につけられた傷は跡形も無く消えた。
けれど痛みは、恐怖は、記憶から消えない。
「・・・・そうかな。世の中には、笑いながら人を殺せる奴もいる」
辛辣な壬生の言葉に、はゆっくりと顔を上げた。
「君は、感じないか?今、この街にあふれるどす黒い感情を」
「・・・・・・」
問い掛けてくる壬生の顔を、はようやく正面から見据える。
「薄汚い、邪なものが肥大しているような気が、しないか?」
纏う色は同じ黒。
髪も、瞳も。
なのに、
(緋勇君と似てるけど、やっぱり違う。でもどこか・・・)
きっとそれは類似ではなく、相対。
(例えるなら、陰と陽・・・・?)
「・・・すまない。今のは忘れてくれ」
今度は、壬生が目を逸らす。
「・・・・う、うん」
立ち入ってはいけない部分を垣間見た気がして、は俯いた。
そして、奇妙なことに気づく。
「・・・あ」
の足は、サンダル。
床は、人造大理石。
けれど、そこにあるはずのものが無い。
「影、が・・・?」
次の瞬間。
耳をつんざくような破裂音が聞こえた。
まるで、図書館中のガラスがいっせいに割れ、はじけ飛ぶような大音量だ。
「・・・・!!」
耳をふさぎ、身を竦ませる。
続いてやってきた、身体をもっていかれるような激しい揺れにたまらず膝をつく。
壬生の声が聞こえた気がしたが、音が止むまで、揺れがおさまるまで、はぴくりとも動けなかった。
【続】
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(06/07/05)
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