昔から、水が苦手だった。
器を以って形を変えるその存在が。
それが大きければ大きいほど。
広ければ広いほど。
たゆたう。
揺らぐ。
その姿に。
惑わされる。
見せつけられる。
引きずりこまれそうになる。
たとえそれが、時を経て変化した水であっても。
は、浴びせられた化水の向こうに京一の姿を見た気がした。
13
「なん、だと・・・?」
絞り出すように、龍麻は言葉を発した。
緋水の手は、さらに力をこめて龍麻の首を締め上げる。
「そうだな、貴様も飲み込んでやろう。深紅の中で、ゆるゆると溶けてゆくがいい」
そう言って、まるで蛇が獲物を喰らうが如く大きく口を開いた。
「・・・!!」
龍麻は渾身の力で足を振り上げ、膝を緋水のわき腹にめり込ませた。
「がッ!?」
手を離しよろける緋水。
その顎を、龍麻は間髪いれず拳で打つ。
そして、言った。
「ってめえは、ナニそんな雑魚に身体乗っ取られてんだよ、翡翠・・・!」
「・・・ッ、の、餓鬼が・・・!」
緋水の濁った赤い瞳が、龍麻を睨む。
「翡翠!俺の声が聞こえねェのか、翡翠!!」
如月の名を呼び続ける龍麻。
「莫迦がッ、それは・・・俺の名だ!」
緋水がせせら笑う。
が、すぐにガクリと膝を崩した。
「!?な・・・ッ」
眩暈を覚えたかのように額を押さえる緋水。
龍麻の顎への一撃が、如月の身体に異常をもたらした。
「こちとら、喧嘩にゃ慣れてんだ!どこを殴れば使い物にならなくなるかぐらい、・・・ッ!」
グラリと姿勢を崩す龍麻だが、どうにか堪える。
「貴様ァ・・・!!」
緋水の周りに、化水が渦巻く。
「翡翠!応えろ!!聞こえてんだろうが!!」
龍麻の声は空気をも震わせるようで。
だが、その声に返ってくるのは。
「ヤツはもう溶けた!!骨のひとカケラも残っておらんわ!!貴様も化水の一部となるがいい!!」
大量の化水が、津波の如く龍麻の襲い掛かる。
化水に飲まれた京一は、深紅の世界にいた。
気が狂いそうな、のっぺりとした深紅は無限に広がっているようだった。
五感はすべて、ひどく鈍い。
それでも何とか意識を集中すれば。
(下に落ちてる、のか・・・?)
果ての無いかのような、無音の世界。
(なんなんだよ、ここは・・・)
黒いシミを見つけた時は一瞬目の錯覚かと思った。
(・・・なんだ?ありゃ)
それは、まるで水中に漂うように横たわる如月だった。
気を失っているのか、瞳は硬く閉じられたまま。
京一は、すぐそばまで近寄る。
如月、と声に出すつもりが、うまく動かない。
声も出ない。
体中から力が抜けていくようだ。
ここに長くいてはいけない。
そう思っても四肢は重く、意識は徐々に遠のき・・・・
びいんッ!
震えるような澄んだ音に、 京一は目を開いた。
(な、なんだ?)
びいん!びいいいん!と立て続けに起こる振動は、深紅を震わせ、京一を揺さぶる。
わけがわからずも、その音で意識は次第にクリアになる。
顔を上げればそこには。
胸元にギターを抱いたが。
それは、まるで。
【続】
|