引き絞られた弦が奏でる音は、魔をも退ける。
14
まるでコマ送りのようにゆっくりと落ちてくる身体に、京一は腕を伸ばした。
掴んだままのギターごと、を抱き寄せる。
「ちゃん!しっかりしろ!!」
はなにも応えない。
弦を爪弾いていた手は止まり、力尽きたように瞼を閉じている。
が奏でた鳴弦で、澱んだ深紅の世界は変化し始めていた。
凪から時化(シケ)へと変わる海のように。
「んだよ、こりゃ!?」
を抱きしめたまま、なすすべなく揺らぐ京一。
その肩を掴む手があった。
巨人の手で壁に叩きつけられたような衝撃が龍麻を襲う。
きつく瞑った瞼の裏で、火花が散った。
「・・・・ッ」
ぐ、と歯を食いしばる。
口の中に広がる血の味で、わずかに意識が冴える。
龍麻は顎を上げて、どうにか瞼を開く。
したたかに打つつけられた背中。
その痛みは電撃のように両足を走り、痺れたように感覚は失われている。
全身を紅く染めつつも、龍麻はそこに立っていた。
化水に飲まれることなく。
「・・・?」
痺れた足をどうにか動かし、構える龍麻。
目の前の緋水は動きを止め、なぜか苦しそうに胸元を押さえている。
「ク・・・ッ、また、また邪魔をするか!!小賢しい・・・!」
龍麻ではない、誰かに向けて怒りを露わにする緋水。
背を丸め、顔を歪めるその様子を、訝しげな表情で見る龍麻。
「・・・・翡翠?」
「やめろ!それは俺の名だ!!」
「翡翠!俺の声が聞こえるか、翡翠!!まだ、くたばっちゃいねェんだろ!?」
「黙れ!!」
緋水が腕を振るうと、化水が龍麻を襲う。
だが先ほどの勢いはなく、龍麻はガードするだけで耐えた。
緋水の身に何が起こっているのかわからないが、纏う化水は、目に見えて勢いを失っている。
龍麻は、その場で大きく深呼吸した。
吸い込んだ息をゆっくりと吐き出せば、わずかながら痛みが引いていく。
繰り返せば、足の痺れも消えた。
それは【結跏趺坐】と呼ばれ、本来なら座って行う体力回復法だが、戦闘の最中にのんきに座ってなどいられない。
実戦の中で、呼吸だけでもある程度の回復ができることを龍麻は学んだ。
同時に底なしかと思われた師匠の体力のカラクリも知る事となり、苦笑もしたが。
(俺はまだ・・・、弱い)
いや、それよりも今は。
決意を拳に握り、龍麻は駆け出す。
「テメエが、醍醐や紫暮みてえな頑丈なヤツを選ばなくて助かったぜ」
緋水に負けず劣らずの凶悪な表情で呟く。
練り上げた《氣》を掌底に。
そして緋水の、翡翠の身体の鳩尾へと叩き込む。
くの字に曲がって浮かぶ翡翠の身体。
「・・・ッ!!ぐゥ!?」
衝撃に目を見開く緋水。
清廉な龍麻の《氣》が、翡翠の身体を巡り緋水を揺さぶる。
外側から、龍麻が。
内側から、が。
水は方円の器に従う。
例えそれが、時を経て穢れた水でも。
「ヴ、ァアアアアアアッ!!」
緋水は、化水を吐き出した。
ありえぬ量の、澱んだ深紅を。
【続】
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