雨風に晒された屋上のコンクリートに、穢れた水がぶちまけられる。

とめどもなく。





「・・・・!」

打ち寄せる波のように、それは龍麻の靴先を濡らした。






そして、澱んだ深紅に混じって吐き出されたのは。

「ッ痛!」
地面を打つ水とは違う、鈍い音。






それは、重なるような二人の人影。



































15






































「げふっ、うえ、きもちわる!」

「・・・ッげふ、げふっ、げふん!」

化水に全身を紅く染めながらも起き上がり、途端にむせる二人。

二人の姿に、龍麻はただ目を開いて絶句した。
が化水に飲まれたのは緋水から聞いていたが、まさか京一までとは思いもよらなかった。




「しかも臭いし最悪だ!うげえ」

「げふっ、げふっ、げふん!」

龍麻が見下ろしていることも知らず、二人は咳き続ける。

「げふっ!げふ!・・・はッ、げふげふっ!」

「・・・・・・・」
京一は口元を拭い、激しく咳き込むを振り返った。

「げふ、げふっ・・・!」

「・・・・・・」
咳き続けるの様子の伺う京一。




「・・・・・・・・・・・、げふん!げふん!?」

「だ、だいじょうぶか?ちゃん」
京一は再び咳き出したの背中をあわててさすってやる。

龍麻はピクリと眉を上げ、ツカツカと京一に近づいた。

「てっめえは!なんで一緒に化水の中なんだよ!?」
龍麻は京一の胸倉を掴み、から引き離すように無理矢理立たせる。

「あだし・・・?とりえず落ち着けひーちゃん!!男のヤキモチはみっとめねえって。シメんなって、苦しいって、吐くって!」
丁寧にうぷ、とノドまで詰まらせる京一。

「なにがヤキモチだ誰がヤキモチだ!!もとはといえば・・・!」

そこで龍麻は、京一からへと視線を移す。

「お前もお前だ!こんなトラブルメーカーにひょこひょこついてくんじゃねーよ!!馬鹿か!?この馬鹿!!」

「えええ・・・?」
矢継ぎ早に怒鳴られ面食らう

「まあまあ、説教は後にしよーぜ?龍麻」
木刀を振るい、構える京一。




その視線の先には。




「仕切ってんじゃねーよ。状況わかってんのか、テメー」

「オウ、如月に聞いた。・・・中で」

京一の言葉に、片方の眉を吊り上げる龍麻。

「・・・・そーかよ」

そして、凶悪に笑う。
消耗した様子の緋水に向かって。









・・・否。




「その身体はもう、テメエのモンじゃねェ」




鳩尾を押さえ、俯いていた緋水は顔を上げた。




口元には微かな笑み。
開いた瞳は、深淵の色。




にとってそれは、見覚えのあるもの。
眩暈がするような陽射しの下で会った、あの青年の瞳の色だった。




「まったく・・・荒っぽい、君らしいやり方だな、たつ・・」

「・・・あっ」

膝をつく如月に、は声を上げる。
だが、化水に体力を奪われ、立ち上がることすら出来ない。

の声に龍麻は振り返り、ひときわ低い、ザラリと錆びた声で言った。

「お前はそこで倒れてろ。喋るな。潰れてろ死んでろ」

「・・・・・た、龍麻」
なんつーこと言うんだ、と呆れる京一。







『だからひーちゃん、あんなに心配してたんだ〜』

言われたは舞子の言葉を思い出した。




(・・・絶対心配とかじゃない気がする)

なんだか理不尽な気持ちでいっぱいになる





その時。











クソがああああああ!!






ビリビリと空を震わせる声。

逆再生のように、地面を汚した化水が浮き上がり、吸い上げられ、一つに渦巻いてゆく。

再び、如月の身体を乗っ取ろうと、近づく。

「翡翠!」

「・・・大丈夫だ」
顔を上げる如月。










「君の声、聞こえたよ龍麻。・・・・・・そして・・・」

そう言って、如月は龍麻からへと視線を移した。





だが、襲い掛かる化水が交わされる視線を遮る。






「飛水流・・・・、」

続く如月の言葉は、昇り龍のごとき水の柱の轟音にかき消された。

いずこからともなく噴出した清水は化水を貫き、四散させた。










「・・・・・・」

霧雨のように降り注ぐ清水を、は見上げる。
頬を打つ水滴に、目を瞑った。




「おーおー、派手だねェ」
見上げる京一の目は、霧雨に混ざる赤い飛沫を追う。

そして振り返り。

、動くな!!」
に向かって木刀を振るう京一。

「!!」
ビクリと身を震わせ、目を開く

落ちてくる数滴の紅い飛沫が集まり、形を成す。

まるであぎとを開く蛇のように。

だがそれは、京一の放った剣圧に一瞬で霧散した。




の目の前で。




「・・・・ッ」
は息を飲んだままゆっくりと顔を下ろし、京一を見た。
そして、あっけに取られるような龍麻を。

「ま、ほかならぬ相棒の頼みだからなッ」
木刀を肩にやって、隣の龍麻に笑いかける京一。




『いいからお前は・・・を護れ!!』

その声から、京一は痛いほど感じ取っていた。

焦りを。

そして、思い出させた。
夏の初めに逝ってしまった少女の存在を。





「・・・ッハ、ったく」
龍麻は座り込み、壁に背を預けた。
腕を上げ、己の姿を見て顔を歪める。

如月の放った清水の霧雨が化水を洗い流してくれたが、生臭い匂いは落ちていない。

「あ〜、くっそ、お前らよく平気だな、この臭い!」

「平気じゃねェよ、なあ?ちゃん」
コクリと頷くが、確かに龍麻はひどく具合が悪そうだ。

「鼻がバカになった。頭痛までしやがるし・・・」

「オイオイ、今更繊細ぶるなよ〜?」

「・・・・」
失敬な京一の言葉に、龍麻は無反応。

「だ、だいじょうぶ・・・?緋勇君」

「うるせェ。ヒトの心配してる場合か、真っ青な顔しやがってバーカ!」

「・・・・」
速攻で言い返され、は閉じた口をムズムズと動かすだけ。

「女の子に向かってその言い方は無いだろう?龍麻・・・」
そう言った如月も、腹を押さえたままその場に座り込んだ。






「それに君、もう少し力の加減ってものを・・・・」

そのままゆっくりと横に倒れる如月。







































「ほらよ」

雨紋にぴよこを差し出され、は自分がギターを持ったままだということを知った。

「ご、ごめんなさい!わたし、勝手に・・・!」
雨紋のギターは化水で汚れていたが、壊れてはいないようではほっと胸をなでおろした。

「いいっていいって」
ペコペコと頭を下げるの手に、ぴよこが戻ってきた。




「じゃ、俺如月さんを送って帰りますんで」
槍とギターを肩に担ぎ、もう片方の肩を如月に貸して、雨紋は言った。

「離せ雨紋。僕は一人で歩ける」

舞子の回復術を受けたものの、如月の顔色は悪い。

「とっとっと行けよ。それとも桜ヶ丘に送られてーか?」
龍麻の言葉に、如月は黙った。

「・・・桜ヶ丘?」
首を傾げる

「舞子のいる病院だよ〜」

「か、看護師さんですか・・・?」

「うん、今度遊びに来てね〜〜、ちゃん」

「あ、はあ・・」
舞子の感覚についていけず面食らう

「気にしなくていいわよ、病院でいらっしゃいませって言う子だから。じゃ、アタシたちも帰るワ」
「エヘヘ、またね〜〜」

汚れた服を気にもせず、颯爽と去る美少女二人。




黙って見送っていた京一が口を開いた。





「あ〜あ、夏休みも終わりだなァ・・・」




そうだね、とが返す前に。









「ナニうまくまとめてんだこのサル!」

龍麻の、何度目かの怒りの爆発とともに小気味のいい音が夕暮れの街に響いた。




















【終】





 + 

アレ結局このパターンの終わり方・・・
とりあえず、なんとかかんとか京一を活躍させられて良かったです(笑)
(06/10/28)