昔の人は言いました。
早起きは三文の徳、だって。
青 に 恋 し て
寒い季節じゃなかっただけましだとは思う。思い込む。
でなかったらいつもより一時間も早く起きて学校に行くなんて絶対出来ない。
普段は遅刻ギリギリで、いやギリギリアウトで。
少し冷たい朝の空気が、人通りの少ない通学路が新鮮だった。
それでも出てくるあくび。
身体は正直だ。
いつもより一時間も早く学校に行ってなにをするかといえば、宿題。
今日提出の英語のプリントを、は学校に忘れたのだ。
それに気付いたのは真夜中。
提出が遅れれば、ヒステリックな英語の担任になにを言われることか。
そんな訳で、はもう一度大あくびをして学校に向かう。
落ちてくる瞼を必死で押さえるが、既に眠気で頭の中は真っ白。
眠いという単語すら浮かばない。
そもそも通学路は真っ直ぐの一本道。
校門まで、ただただひたすら足を前にやるだけ。
なんとなく、目を閉じていても歩けるような気がしてきた。
いける?
いけそう。
大丈夫。
自分を信じて。
根拠の無い自信を胸に、は歩く。
目を瞑って。
「あびゅ!?」
何かを踏んだ、と気付いたのは数歩歩き去ってからだった。
「コラァァァ!ワレひと踏んづけといて詫びも無しかいコラ!」
コテコテの関西弁が背後から聞こえた。
重い瞼をなんとか開いて、振り向く。
だが、誰もいない。
「下や下ァ!!」
その声に素直に視線をおろす。
地面には、の靴の跡がくっきりとついた黒い縄が落ちていた。
そして黒い縄は腕章に通っていた。
腕章には風紀、と刺繍されている。
「・・・、うっかり風紀委員?」
強面のガクランリーゼント集団を思い浮かべる。
身を屈めて腕章を拾い上げた。
すると、
「コラ!聞いてんのか!?」
腕章をすり抜けて落ちると思われた黒い縄がムクリと起き、の手首に乗った。
「うわ!?」
そこでようやく完全に目を覚ます。
を見上げ睨みつけるのは、黒い縄などではなかった。
どこかで見たことのあるようなそのフォルムは。
「もー、ホンマひどい姐さんでなー」
黒い縄はデュランダと名乗り、踏まれた侘びにリンゴジュースを要求してきた。
丁度近くに自販機があったので、は残り少ないおこずかいから紙パックのリンゴジュースを買って渡す。
デュランダは、針金のような前脚を使ってストローを取り出し、パックに差した。
細長い胴体で紙パックのコーナーを支えて飲み始めた。
ガードレールの上で紙パックのジュースを飲むドラゴン。
そう、デュランダの容姿はまさしく架空の生き物ドラゴンそのもの。
かなり小型だが。
「ん、なんや?」
の視線に気付くデュランダ。
「なんでもない・・・・」
器用だなー、と思いながらデュランダを眺める。
の眠気はどこかにいってしまった。
デュランダがずっと喋りっぱなしだからだ。
良くわからないが、どうやら「ねえさん」という人と喧嘩したらしい。
(ねえさん・・・お姉さんかな。こんなのが他にもいるのか。日本不思議発見・・・!)
「自分な、気ィ付けやなアカンで?ワシやったからジュースで済んだんやで。そんでなんや、自分並盛生かいな?」
「う、うん」
コクリと頷く。
「学校なんてどこが面白いねん。なんでいくねん。そもそもなにやってんねん!?」
「えっと・・・」
立て続けに質問され、は言葉に詰まる。
見れば、デュランダはまだ細長い胴体に腕章を通したままだ。
「デュランダはなんで風紀委員の腕章してるの?」
「ニィさんにもろたんや。ワシやなくて姐さんがな」
「兄も不思議発見・・・・」
「なにがや?」
「ううん、なんでもない」
並中の風紀委員は有名だが、こんな生き物まで手下に置いているのかとは驚く。
「そういえば、自分なんていうんや」
デュランダは飲み終えた紙パックをゴミ箱に投げ捨てると、ふわりと飛んでの肩に乗った。
重さは無かったが、くねる尻尾が後ろ髪に触れてくすぐったい。
「なんて、って・・・?」
デュランダは関西弁でしかも早口なので、耳慣れないは戸惑う。
「名前や名前!」
「、・・・・」
「は何年生や」
「い、一年・・・・」
「よし、ほならワシが授業参観したる」
「えー!?」
「うっさい!えーから早よ行けやー!遅刻すんで!!」
デュランダはの髪を掴んで引っ張って急かす。
「い、痛い!痛いよ!それに遅刻なんかしないよ、いつもより早・・・、あー!」
そこでは英語のプリントを思い出す。
早起きをしたのに、学校に着いたのはそれなりの時間で、教室に入ればちらほらとクラスメートの姿があった。
とりあえずは鞄を机の脇に掛けて席に座り、机の中を探る。
「あ、あれ・・・?」
覗き込んで探るが、英語のプリントは見つからない。
「おかしいなァ」
机の中から、教科書やらノートを取り出し一つずつ確認する。
「なにやっとるんや、」
ついて来られたら困ると断るを押し切って、鞄に入っていたデュランダは顔を出し、机の上にのぼった。
「宿題のプリント探してるの。でも無くて・・・・」
困ったなあ、と呟いて教科書やノートの間まで確認しだす。
「おい、。なんだよそれ」
男子生徒が声を掛けてきた。
「え、あ・・!えと、この子は・・・」
見られた、と慌てる。
なんとか言い訳しようとする内に、男子生徒が言う。
「なんでお前風紀委員の腕章なんか持ってるんだ?」
「え」
が机の上を見れば、そこには散らかった教科書とノート、そしてデュランダが胴に通していた腕章があるだけで、デュランダはいなかった。
「貸せよ」
言うと同時に腕章を取り上げる男子生徒。
本物か?オレにも見せろよ、と他の男子生徒が群がる。
教室の後ろに移動する男子生徒たちを、は追いかける。
「か、返して!それ」
「なんだよ、コレ、お前の物なのか?いつの間に風紀委員に入ったんだよ?」
「ち、違うよ、それは・・・・わたしのじゃなくて、その、拾って・・・」
がしどろもどろに言っている間に、男子生徒は腕に腕章を通した。
面白いおもちゃを見つけたように盛り上がる男子生徒達。
他の生徒はその様子を遠巻きに眺めだけ。
「お、落としたヒトが困るから、さ・・・ソレで遊ぶのはまずいよ・・・」
一体デュランダはどこに行ってしまったんだろう?
視線を泳がせつつ、はなんとか返してもらおうと話し掛ける。
「じゃあ、オレたちが返しといてやるよ!」
相手などわからないのに、そう言って男子生徒たちは教室を出て行く。
「ちょ、ちょっとお〜!」
もう、英語のプリントどころではない。
背後からくすくす笑う声が聞こえるが、聞こえないフリをして教室を出る。
廊下に出た男子生徒たちは、を見て逃げる。
からかわれているのはわかっているが、は彼らを追いかける。
「かえしてよー!」
叫んでも、ヘラヘラと笑われるばかり。
以前からなにかとからかわれ、イタズラの標的になる。
周りのクラスメートも、笑うだけで止めることはしない。
小学生の頃からそうだったのでもう慣れっこだが、それでも嫌な気分にならないはずはない。
(だ、男子なんて嫌いだ・・・!)
ぐっと唇を噛んだ次の瞬間、逃げていた男子生徒の一人が派手に転んだ。
何も無いはずの廊下で転んだその男子生徒を見て、他の男子生徒は指を差して笑う。
転ぶ瞬間、足元に黒い影が走ったのをは見逃さなかった。
(デュランダ・・・?)
は転んだ男子生徒に近づき、手を差し出す。
「そんなのつけて、風紀委員に見つかったらなに言われるかわかんないよ・・・?」
「うるせーな!ほら!返してやるよ!!」
男子生徒はばつの悪そうな顔をして、つけていた腕章を外して乱暴に投げた。
「あっ」
放物線を描く腕章を目で追う。
腕章は、運悪く開いていた窓から外へ。
「あ、わ、だめ!」
腕章に手を伸ばす。
窓から身を乗り出すと、重力に従い落ちる腕章に手が触れ指先に引っかかる。
「・・・うえ!?」
ほっとしたのもつかの間、勢いが止まらず頭から窓の外へ落ちそうになる。
コンクリートの地面が視界に入って、は血の気が引いた。
「!」
デュランダの声。
ベストが引っ張られた。
だが、窓の外に飛び出すの勢いが勝って。
「うわ、あかーん!」
そんなデュランダの言葉に、はぎゅっと目を瞑った。
(ああ、ダメだ)
落下する感覚に、胃がきゅっと縮まる。
しかし、衝撃は小さかった。
何かが身体を包んでいるよう。
ゆっくりと目を開けば、空を黒いものが覆っていた。
黒いものはすぐに動き、空が広がる。
「・・・・?」
ワケがわからぬまま身を起こす。
「危ないなー!何しとるねんアホう!!」
耳元でデュランダの声が弾けた。
「デュ、デュランダ声おっきい・・・・」
耳を押さえて振り向く。
しかし背後にいたのは、小型のドラゴンではなかった。
「空も飛べんくせに飛び出してどないすんねん!」
そう言って眉を吊り上げたのは、色黒の少年。
金茶の瞳が、あっけにとられるの顔を映す。
「ど、どちらさまですか・・・?」
目を丸くする。
よく見れば、さっき視界を覆っていたのは、その少年の背中から生えた黒い羽だった。
こうもりのようなそれが背中から生えているだけでも驚きなのに、さらに少年は裸だった。
「ね、ネイキッド!?」
紗々は後ずさりたかったが、背後から腰に腕を回されていて動けない。
「いや、デュランダやで?」
そう言ってきょとんとする少年。
「だ、だってそんな・・・なんで・・・」
うまく言葉が出ない。
「が裸の男子と抱き合ってるぞー!」
頭上からの声に、はさらに混乱した。
「なんやコラ!?せっこいイタズラかましおって!!」
窓から野次を飛ばす男子生徒を睨みつけ立ち上がるデュランダ。
「!!」
地面にへたり込んだの視界にデュランダの股間が。
「服〜〜〜!!」
思わず羽を手に取って押し付ける。
「構へん!」
「構うよ!!」
「バカにされてんのやぞ!怒れ!!」
「裸なんだよ!?落ち着いて!」
二人の意見は真っ向から食い違う。
「・・・なにやってるの」
言い合う二人にかかる、冷ややかな声。
彼の登場に野次も消えた。
並盛中学風紀委員長、雲雀恭弥。
「あ、ニィさんやん」
と、デュランダ。
「え!?」
思わず驚きの声を上げて雲雀をまじまじと見る。
兄さん?
あの不良も泣いて逃げる雲雀恭弥が!?
しかし次の瞬間、雲雀のトンファーがデュランダの脳天に叩きつけられた。
「裸で校内をうろつくな」
至極冷静な声で雲雀は言う。
強烈な一撃にうつぶせに倒れるデュランダ。
背中の羽が歪んだかと思えば、その姿は小型のドラゴンに変わった。
「も、もとに・・・・?」
言いかけて、口をつぐむ。
どっちが本性なのか、わからなくなったからだ。
雲雀は気絶したデュランダを拾い上げ、ゴミ箱に投げ捨てた。
「ええええ!?」
声を上げる。
むごい。
いくら裸だからって、なんてむごい仕打ちだろう。
弟なのに!
「・・・何?」
の視線気付く雲雀。
「こ、コレ、返します!」
は持っていた腕章を雲雀に押し付け、ゴミ箱に駆け寄る。
ゴミにまみれたデュランダをそっと拾い出し、一旦芝生に寝かせた。
ベストを脱いで汚れたデュランダを包む。
背後の雲雀の様子はわからない。
こんなことをしたら、機嫌を損ねて自分もトンファーで殴られるかもしれない。
きっと痛い、アレはすっごく痛いはずだ。
想像すれば恐怖で涙が出そうになる。
の手は震えるが、いまさら止まれない。
デュランダを包んだベストを胸に抱いて、はその場から逃げるように走り去った。
(・・・・ど、どうしよう)
は途方に暮れていた。
最初、英語のプリントのためにいつもより早く学校に出て。
そうしたら、地面にいたデュランダを踏んでしまって。
デュランダはなぜか風紀委員の腕章を持っていて。
授業参観する、とか言っての鞄に潜りこんで教室まで着いてきた。
腕章が意地悪なクラスメートに見つかって、ソレを取り戻すために窓から落ちたを助けてくれたのは、なぜか少年の姿に変わったデュランダだった。
しかも裸だった。
風紀委員長の雲雀に見つかって、デュランダはトンファーで殴られ昏倒。
姿も最初会ったときの小型のドラゴンに変わった。
デュランダを連れてその場から逃げた。
教室にも戻りづらく、中学に入って初めて授業をサボった。
教師に見つからぬようトイレに篭もったりしたが、ぐったりとして目を覚まさないデュランダの様子が気になって、が向かったのは保健室。
(先生いるのかな・・・・いないといいんだけど・・・)
本来はいないと困るのだが、保健医の評判は良くない。
男子はどんな怪我をしてても診てくれないとか、女子だといやらしいことをしてくるとか。
そもそも保健医に人間以外の動物が診られるのかも疑問。
引き戸の前で二の足を踏む。
しかし、保健室の引き戸は唐突に開く。
引き戸の向こうには保健医のシャマルがいた。
「お、なんだなんだ。誰かウロウロしてると思ったら・・・どーした子猫ちゃん。おじさんになんか用か?どっか怪我したかそれとも恋のお悩みかい?」
立て続けに言われ、はあうあうとオットセイのような声しか出ない。
よく見れば保健医の手には缶ビール、顔は赤い。
(よ、よっぱらい・・・!)
「ま、とりあえず中に入んなさいな〜」
「あああ、あの、あの!」
事情を説明する間もなく中に引きずり込まれる。
「んじゃ、とりあえず調べるからそこ座って」
先に座ったシャマルが、前のパイプ椅子を示す。
「はあ・・・」
言われるがままはパイプ椅子に座る。
「あの、この子なんですけど・・・」
差し出されたベストの上にとぐろを巻くデュランダを見て、シャマルは聴診器を持つ手を止めた。
「・・・・・・・」
無言でデュランダを見るシャマル。
「あ、あの、この子風紀委員長に殴られて気絶しちゃって・・・!それで、全然起きなくて!」
一生懸命説明するとは裏腹に、シャマルは冷めた表情で聴診器を外して机に置き、代わりにピンセットでデュランダをつまみあげた。
すると、
「・・・イヤ!?ひゃっこい!ちべたい!そやからピンセットはイヤやって!」
身を捩るデュランダ。
「デュランダ!!」
目を覚ましたデュランダの姿に、ぱっと表情を輝かせる。
「ん?か、どないしてん」
「よ、よかったあああ〜」
ベストを握りしめ、表情を崩す。
「なんやねん、ぶっさいくな顔して」
「なんつーこと言うんだお前は」
シャマルはデュランダを握りしめて持ち上げた。
「わ!?なにすんねん!はーなーせーやー!」
ジタバタ暴れるデュランダ。
なんとなくうなぎを髣髴とさせる動きだ。
「・・・お前、なにやってんだ?」
呆れたシャマルの声。
「なにっておんどれこそなにやっとんねん!もっと優しく扱ったらんかい!地球に優しく、デュー様にも優しく!」
「うるせーよ、言いつけるぞ」
「すんません」
シャマルが誰に言いつけるつもりかにはわからなかったが、おとなしく項垂れるデュランダ。
「ったく、まあいい。お前どいてろ」
掴んでいたデュランダをぽいと投げ捨てるシャマル。
「じゃー、続きしようか?子猫ちゃん」
両手を前に出してにじり寄るシャマル。
「え?いやわたしはいたって健康でどこも悪いとこは」
「いやいや、病気だよ。おじさんにはわかる」
「わ、わかるんですか・・・?」
「もちろん、お医者さんだからね。ずばり君の病気は恋の・・・」
「キモいんじゃこのヤブ医者あああああ!」
デュランダがシャマルに飛びかかり、尻尾で往復ビンタをかました。
その勢いに椅子から転げ落ちるシャマル。
「ホラ行くで!!」
デュランダはのシャツを掴んで保健室の外へと引っ張って行った。
デュランダに引っ張られ、は廊下を走る。
足音が響く。
廊下に蛍光灯はついていなくて、教室棟の影がかかってひどく暗い。
ふと光のあるほうに目をやれば、窓の形、四角に切り取られた青空。
雲のない、真っ青なパネルが何枚も何枚も続く。
青は吸い込まれるように澄んでいて。
(わたしなにやってるんだろう)
いつもより早く起きて。
デュランダに出会って。
授業をサボって、廊下を全力疾走。
そしてこんな時に、空の色に魅入ってる。
なんでだろう。
空はいつもそこにあって、いつだって見ていたはずなのに。
思い出すのは、地面や標識や教室。
その端っこに欠けた空があるだけ。
「デュ、デュランダ!」
「なんやー?」
スピードを緩めるデュランダ。
「空飛ぶのって、気持ちいい?」
「なんや、そんなこと」
デュランダはその場でぐるりと一回転し、黒い塊となった。
そして、の頭上で一対の翼になって大きく広がった。
羽ばたくには廊下は狭すぎる。
そう思ったの背に、翼が降りる。
(ああ、わたし飛べるんだ)
の心は一足先に浮き上がる。
開いたあの窓から。
デュランダの言葉の続きを、身体で感じよう。
その時、唐突に校内放送用のスピーカーから女子生徒の声が響いた。
『ただいま、校内に黒い生き物が徘徊しております。発見しましたらもれなく捕獲し、虫かごに放り込むか逃亡しないよう柱にでも固く結んでおいて下さい』
澱みないその声は冷静だが、明らかに剣呑な雰囲気を孕んでいた。
放送がブツンと切れると、翼はみるみるるしおれ、ガタガタ震えるデュランダの姿に戻った。
「・・・デュ、デュランダ・・・・?」
恐る恐る声を掛ける。
「うあああああああああああ堪忍して姐さああああああんッ!!」
蝶々結びは、蝶々結びだけはああああ!!と泣き叫びながら廊下を弾丸のように走り去るデュランダ。
一人残されたは、ニ時間目から授業に出た。
休み時間に男子生徒にからかわれても上の空で、空を見上げる。
(お姉さんもこの学校に通ってるみたいだし・・・また会えるよね?デュランダ)
今度こそ、あの翼で空を飛べたらいいな。
デュランダとの再会との誤解が解けるのは、けして遠くない未来。
【 終 】
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