黒曜ヘルシーランドの三階は映画館だった。
防音仕様の重厚な扉を開ければ、シートはすべて回収されており、段差と舞台が残るのみ。

がらんとした空間の中央に、並中の制服を着た少女が一人。

あまりにも場違いなその少女は、扉を開けたまま動かない六道を振り返る。


「・・・驚いた顔は歳相応だね」

が六道より先に笑ったのは、出会ってからこれが初めてだった。









その言葉に、六道はゆっくりと笑みを返す。











  リプレイ 45











「本当に、驚きましたよ」
扉から手を離し、歩き出す六道。

「なにに驚いた?」
は尋ねた。

「色々と」

「こっちも驚いたよ、脱獄犯」

の言葉に、最初の段差を下りたところで足を止める六道。

「僕に会いに来てくれたのかと期待したのですが、残念です」

「残念がることはないよ。聞きたいことがあって来たんだから」

「僕に答えられることなら、と言いたいところですが少したて込んでいまして」

「知ってる」

がそう言うと、六道はむしろ先ほどより一層笑みを深くした。

「・・・嫉妬にかられますよ。君はボンゴレのなんなのです?」

「人の縁にジェラってどうするんだか・・・・。そういうタイプには見えないけど?」

「そんな事はありません。恋をすれば皆臆病な道化です」

「イタリアのヤツってみんなそういうキモいテンプレなんだね」

「心外です。今だって僕は君を目の前にしてこんなに胸をときめかせて、声も震えてしまうくらいなのに」
胸に手を当てる六道。

「ツナは幼馴染だよ、おさななじみ」
芝居がかったその動作に、はただ呆れる。

「それで君は、彼の代わりに僕の元へ?」

「マフィアになった覚えは無いし、姉貴風を吹かせて首を突っ込むつもりもない。最初に言ったでしょ、聞きたいことがあるって」

「そうでしたね。もうすぐ彼らはここに来るでしょうから、手短にお願いできますか」

わかってる、と言っては天井を見上げた。


「あたし、ここの空が好きなんだよね」

天井には大きな穴が開いていて、青空が覗いている。

「・・・・空」
同じように見上げる六道。
しかしすぐに視線をに戻す。

「青が澄んでいて、雲が澱んでなくて・・・・飛びたくなる。もう、羽は無いのに」
見上げたまま、は言う。

「君はこの世界が好きなんですか」
空を映すその瞳をじっと見入る六道。

「まあ、嫌いではないね」

「こんな世界が、美しいと」

「気に入ってはいるよ」

「・・・・こんな醜い世界をですか」

「嫌いなんだ?」
この世界が、と言って六道を見る

「ええ、嫌いです」

「一体なんのためにツナを狙ってるの?」
には解せない。

これまでの所業を考えれば六道からは追放されたマフィアへの憎しみが見えるものの、いくらボンゴレの後継とはいえ、ツナの命そのものを狙うにはあまりにも回りくどい。

「君は本当につれない人ですね。そんなことを聞くためにここへ?」
六道は再び歩き出す。

「こんな身体じゃ、見えるものは限られてるんだ。いちいち相手を捕まえて聞かないといけない」
歩く六道に視線を合わせる

「君が望むなら僕はいつでもどこにでも現れますよ?・・・夢の中にだって」

「不法侵入極まりない。迷惑」

「クフフ」
六道は笑って、の横を通り過ぎた。
舞台に上がり、置かれていたソファーに腰掛ける。

「君と話していると時間を忘れそうです。どうです、掛けませんか?」
六道はソファーの空いた場所を指し示した。

「結構」
はそっけなく拒否する。

「手強いですね、君は」
肩をすくめる六道。
それでもどこか余裕で、楽しげですらあった。

「悠長に構えてるけど、なにを根拠にしてるわけ?」
はその様子を呆れて見る。

「君こそ、幼馴染を買い被っていますよ」

「買い被るほどツナの実力は知らないよ。ただ、今のツナのことをわかってるリボーンを信じてみただけ」

「リボーン・・・ああ、あのアルコバレーノですか」

「それがわかっててその自信?」

「ええ。たとえアルコバレーノが手を出そうとも、僕の計画になんら支障はありませんよ」

「計画」
は尋ねる風でもなくポツリと漏らす。

「僕はボンゴレを手に入れる」
六道は肘置きに腕を寝かせ、頬杖をつく。

くつろぐように足を組んで身体を傾かせるその姿をつまらなそうに眺める

「随分マフィアに執着してるんだねェ」

「執着など、」

「執着だ。嫌うのも好きになるのも同じ執着だよ」
はぴしゃりと言い放つ。

「・・・なるほど、君の言うとおりかもしれません。ならばその執着を断ち切るために僕はここにいるのでしょう」

「執着を断ち切って、なにが残るの?」

問われた六道は姿勢を変えた。
傾いていた身を起こし、組んでいた足を解いて前かがみになる。

「君は面白い人ですね。僕を止めるでもなく、ボンゴレを助けるでもなく・・・」

は動かない。
ただ顔だけを六道に向けて。

「六道、ってさ」

「名前を呼んでください。骸、と」

「呼んだわけじゃない。仏教用語で六道は地獄・修羅・餓鬼・畜生・人間・天上の六つを差すんでしょ」

「おや、博識ですね」

「六道は人の心を顕わしている。怒りに身を任せれば修羅。幸福に心を躍らせれば天上。巡る心の動きを六道輪廻と呼ぶ」

「僕の心のあり方で世界は変わるとでも諭す気ですか」

「それこそ心外。そんな事を書いてる本を読んだことがあるのを思い出しただけ」

はまた、穴の開いた天井を見上げる。

「長居したね、帰るよ」

いびつな形の青空を、何かが横切った。

「用は済みましたか?」

「まあね」

「・・・・君はいったい何者ですか」
ケーキ屋で言った言葉を繰り返す六道。
あの時と、違う意味で。

「異邦人」
そして今度は答える

何かを待つように天の一点を見つめつつ。

「異邦・・・ハッ、六道を内なる世界という君が、異邦などという矛盾を!」
虹彩の異なる瞳に、鋭い光が走る。

「・・・ならあたしは狂ってるんだろ。夢に見るほどの記憶はみんな、事故の後遺症が生み出した妄想で」


その時、空から羽ばたく音とともに漆黒が落ちてくる。


「妄想やないでッ!ワシが証明や!!」


お辞儀をするように身を屈めたの背に、デュランダが乗る。

六道に見せつけるかのように一瞬で漆黒の塊となり、次に翼へと変わった。

羽ばたく度に大きくなる翼で風が生まれ、室内に渦巻く。
舞い上がる塵屑に六道は顔をしかめた。

顔を上げたと目が合う。

「あたしはアンタの幼馴染じゃないから、迷子になったって探さないし手を引いてもやらないよ」
キッパリと告げる


「軟弱な幻術とはワケがちがうで!目ン玉かっぽじいて見さらせ小僧!!」
翼の中から発せられるデュランダの篭もった声。


に呼び出されたデュランダは穴を開けて天井から侵入し、この場にを残して上空で待機していたのだ。


「さよなら」
が反動をつけて跳び上がれば、デュランダの翼はあっという間に空へ。

塵屑がぱらぱらと落ちる中、六道はいつの間にか立ち上がっていた。



いびつな空は、が言うとおり目が覚めるほど澄んでいて。



「六道を巡る迷い子にそんなものを見せつけて。ひどい振り方をするんですね・・・・」



は六道の目の前から去った。

床に一枚の羽も残さず、デュランダとともに。



















・・・続。











 

 +  + 

(06/12/24)