いまも昔も、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは忘れ去られた存在だった。昔はその幼さと身分の低さゆえに、いまはその生死において。
 皇妃であった母親存命中ですら、その麗質と資質に注目するものはいても、多くの貴族諸侯にはしょせん末席の皇子、皇位継承権の低い子どもでしかなく、人々の話題に上るにはあと数年が必要だった。それが母親を失い、後ろ盾まで失って人質として他国に送られたのだ。
 利用価値のない皇子は見向きもされない。そんな国だ。その時点で彼らの興味は薄れ、ブリタニアが日本に宣戦布告、開戦するにいたって、その死を哀れむものはいても悼むものは少なかった。
 その皇子が生きていた。しかも本国に戻ってくるという。
 宮廷で人々は一様に皇子生存への祝辞を述べたが、心中に渦巻くのは、交わされる言葉ほど喜色に溢れてはいなかった。
 ひとつにはその扱いの不透明さにある。
 父親である皇帝に逆らい皇位継承権を失った皇子だ。生きていたのだから呼び戻されるのは当然としても、今後の扱いはどうなるのか。再び駒として他国に送られるのか、ひっそりと離宮にでも追いやられるのか。
 それならいい。自分たちには関係のないことだ。しかし、わざわざシュナイゼルが自ら出向いて再会をはたし、本国への帰国も彼の口添えがあったからだという。
 シュナイゼルといえば、第二皇子であり、時期皇帝とみなしているものも多い実力者だ。切れ者と噂の高いシュナイゼルが、皇帝に逆らって他国へ追いやられた皇子の後ろ盾を買って出る、その不自然さ。第三皇子・クロヴィスや第二皇女・コーネリアであれば、もはやライバルではなくなった弟に情を掛けることもあるのだろうが、シュナイゼルは肉親の情だけで動くほど甘くはない。
<ルルーシュ皇子はシュナイゼル殿下のアヴァロンで帰国する>
 その事実もまた、貴族たちの憶測を呼ぶに充分だった。
 忘れ去られた皇子に、白きカリスマと呼ばれる彼自ら迎えにいく程の価値があるというのだろうか。
 優秀な子どもであったのは事実だ。またその瞳の色から、もっとも濃く皇帝の血を受け継いだ皇子だとも言われている。アリエス宮襲撃も、目的はマリアンヌ皇妃ではなく、ルルーシュ皇子だったのではないかと噂される程だ。
 もしシュナイゼルが右腕として傍らに置くつもりなら、いずれ重要な地位につくことも考えられる。それなら、いまから取り入っておかなければならない。
 宮廷での思惑はともあれ、ルルーシュを乗せたアヴァロンはブリタニアに帰艦、気の早い野心家の貴族たちに出迎えられた。


 アヴァロンを出迎えた貴族たちは、七年ぶりに帰国した皇子の姿を見て一瞬言葉を失った。
「あれは……」
 あるものは口を押さえ、あるものは僅かに眉を顰めた。
 黒髪は変わらない。子どもだった皇子は成長し、美しく大人びた。
 が――
「あれは……誰ですの?」
 とある夫人は傍らの軍人に小声で尋ねた。
 アンドレアス・ダールトンはエリア11に配属された将軍だったが、クロヴィス・コーネリア両殿下の命を受けて事前に帰国している。
「枢木スザクです。男爵夫人」
 慇懃に彼は答えた。
 確かこの夫人と夫君は第一皇子派だったと記憶している。これを期に、シュナイゼル陣営にも顔を売り、保険を掛けようというところだろう。
「クルルギ――イレブンではありませんの!?」
 男爵夫人は、今度は露骨に眉を顰め、不快を隠そうとはしなかった。
「名誉ブリタニア人です、夫人」
 身分と家柄と血筋にしか興味がないある種の人々にとって、名誉ブリタニア人などナンバーズと変わらない。夫人にとっての興味は、枢木スザクの存在より、彼と皇子の関係にあった。
「ああ、そういえばそういう制度もございましたわね。でも名誉ブリタニア人がどうして、その、殿下を……」
 夫人が驚いたのも無理はないとダールトンは思う。身分や血筋より能力で判断するダールトンでさえ、最初は面食らった程だ。
「殿下は足が不自由でいらっしゃるのです」
「まあ、ええ、それは! もちろん覚えておりますわ。あの事件の折に足を負傷されたのでしたわね」
 いかにも痛ましいといった顔で夫人は語り、ハンカチを握り締めた。
 足萎えの皇子。
 七年前の凶弾は、マリアンヌ皇妃の命とルルーシュの自由、そしてナナリー皇女の光を奪った。ルルーシュたちが皇位継承から外されたのも、このせいだと言われている。
「完治されたとばかり……。でもそれでしたら早く殿下に車椅子を」
「殿下が必要ないとおっしゃるのです」
「でも」
「日本家屋は車椅子に向かない住居ですから、ずっと彼がルルーシュ様のお世話をしていたと」
 夫人は鼻白んだようだった。ちらりと枢木を見遣り、どこか嘲笑めいた苦笑を滲ませる。
「エリア11ではそうだったかもしれませんけど」
 ブリタニアに戻られたのなら使用人もお選びになられませんと。
 使用人――
 内心うんざりとしたものを感じながら、態度だけは丁寧にダールトンは続けた。
「ルルーシュ様が枢木スザク以外が触れることをお許しにならないのです」
 黒づくめの皇子と白いパイロットスーツの名誉ブリタニア人。偏見をなくせば似合いの一対に見えただろう。しかし問題はその在り方だった。歩くことのできない皇子は、半身を毛布に包まれ、枢木スザクの腕の中に在る。
 それに、とダールトンは言った。
「枢木スザクは、ルルーシュ殿下の騎士なのです、夫人」
 騎士という言葉に夫人は顔色を変え、弾かれたようにアヴァロンへ視線を向けた。


2007.7.21
マリアンヌ皇妃が庇ったのがもしルルーシュだったら…
という「if」です。
思いついたところを書き出したのでタイトルも未定です。


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