「僕は彼の剣だ。彼の敵も弱さも僕が排除する。だからC.C.、君は盾になってくれ」
「護るのは君の役目だ」
「ルルーシュは君の共犯者なんだろう」
去っていく後ろ姿を見送りながら、C.C.は苦い溜め息を落とした。
枢木スザク。ルルーシュの幼なじみで親友で敵で騎士で剣で、それから。
「共犯者はお前もだろうに」
どこか呆れた声がぽつりと落ちる。
アメとムチというわけでもないだろうが、枢木はルルーシュに厳しく接することにしたらしい。
甘えを許さないのではない。彼の甘さを自分が排除すると言っているのだ。
「他人の弱さを排除するとはな」
ルルーシュの弱さが、そのやさしさにあることをスザクは知っている。それを排除するということは、自分が何もかも引き受けると言っているも同然ではないか。
血塗られた手であることに変わりはない。ルルーシュもスザクも互いの手を取りあったときから、己が罪を知っている。だが人の心は、それほど強くもできていない。
「そんなにルルーシュが大切か」
他人に託そうとするほどに。
C.C.が戻ると部屋にルルーシュの姿はなく、生活感のない空間でチーズ君が変わらぬ顔でちょこんと迎えるのみだった。
部屋の奥にはルルーシュの寝室がある。声も掛けずに入ると、肩を落とした皇帝の姿があった。
無理をして。
こうしていると、小さな子どものままだとC.C.は思う。いや、小さく見えるだけか。もともとルルーシュは華奢にできているが、それを大きく見せるすべも知っている。だが大きく見えることと、本当の強さは別のところにある。
その力ない姿を自分に晒け出す彼にどこかうれしさを感じながら、C.C.は深い色の目でベッドの上の彼を見下ろした。
生まれる前から見守ってきた。
泣かない子どもは泣けないまま大きくなり、自分の弱さを自覚しながら尚、去勢を張る。やっと見付けた安心して泣ける場所は、ルルーシュを護るために突き放し、その役目をC.C.に押し付けた。
勝手なことだ。
ルルーシュを護る剣だと言えば、まだかわいげがあるものを。
小さな子どもに語りかけるように、C.C.は口を開いた。
「よく仮面を被り続けたな、ナナリーの前で」
あの指の震えを、C.C.は見ていられず、枢木スザクは見詰め続けた。
自嘲に似た笑みを浮かべて、ルルーシュが答える。
「いくつルートを探っても、答えは同じだったからな。あのときの結論に間違いはないと」
力のない声。
スザクなら叱責でもしたのだろうか。
まったく。
自分はルルーシュに、二度とあんな思いをさせないための剣なのだと告白したも同然のくせに、人にこんな役を押し付けて。
子どものお守りは苦手なんだ。
心の中でそんなことを呟きながら、不思議にやさしい声が落ちる。
「ルルーシュ、もう充分じゃないのか。お前はよくやった」
充分でなどあるはずないが、少しの本音が含まれているのも事実だ。
ブラックリベリオンのときとは違う。ここでルルーシュがすべてを投げ出しても、誰も彼を責めはしない。彼の、彼らの真意を知るものは限られているのだから。
が――
「俺が悪をなさねばならない理由はわかっているだろう」
言葉にC.C.は苦笑した。
負けず嫌いが。
「それに、ダモクレスによる支配は、人を記号とするものだ」
声に強さが戻ってきている。
ああ、もう大丈夫だ。
そう思いながらも、尚C.C.は労わりの言葉を続けた。
「しかしダモクレスにはナナリーがいる。お前はいままでナナリーのために」
だが、その甘い囁きに、ルルーシュは首を振った。
「もう特別扱いはできない。消えていった数多命のためにも、俺たちは止まるわけにはいかないんだ」
ナナリー。ルルーシュのたったひとりの妹。半分だけ血の繋がった兄弟なら山ほどいるが、ルルーシュの肉親の情はたったひとりにそそがれている。
「そうだろう、C.C.」
自分自身に確かめるように、ルルーシュが言う。
ああ、そうか。
その名を出して、はじめてC.C.はスザクの真意に気付いた。もし、これを言ったのが枢木スザクなら、ルルーシュに迷いが生まれていたことだろう。
それとも、もっと悲壮な決意か。
「お前の読みは正しかったよ、スザク」
「C.C.?」
背中越しにルルーシュが振り向いたのがわかる。いや、とC.C.は小さく肩を竦めた。
大切なものは遠ざけておくものだ。
まったく、その通りではないか。
それを言ったのはC.C.だが、枢木もそれを知っていたということか。
確かに、とC.C.は思う。自分はルルーシュの共犯者だが、そういう意味ではむしろ――
C.C.の口許に苦笑が広がる。
まったく、どうしようもない子どもたちだ。
ひとつ息をつき、C.C.はわざとルルーシュの背中に自分の背中を預けた。シーツの上の手に、自分の手を重ねる。
「ああ、そうだな、ルルーシュ」
明かりのない部屋に沈黙が落ちる。
寝室を出ると、入っていたときと同じく簡素な空間がC.C.を迎えてくれる。ソファに座らせたままのチーズ君に笑みを浮かべて、C.C.は通路へ続くドアを開いた。
「後悔するくらいなら人に押し付けるな」
ドアの前に立っていたのは、ルルーシュから許された唯一の騎士。いつからいたのか。枢木スザクは無表情にC.C.を見下ろした。
「何のことだ、C.C.」
「では言い方を変えようか。心配になって来たのだろう? ルルーシュが」
涙に体温が効くとおしえたのはマリアンヌだが、それをスザクに言ったのはナナリーだ。体温でルルーシュを慰めてやれとはっきりスザクが言ったわけではないが、実年齢はどうあれ、若い女が男を慰める手段としてもっとも有効な手段の一つであることに変わりはない。
その効果も可能性もスザクならわかっていたはずだとC.C.は思う。ルルーシュにいま何が必要なのかも。
「騎士なら当然のことだ」
素っ気なくスザクが答える。
かわいくない。
C.C.は意地の悪い笑みを浮かべた。
「かわいいな、あれは。まだ慣れてないのか戸惑うばかりで、リードするのがたいへんだったぞ。まったく誰におそわったんだか。それともわざと何もおしえなかったのか?」
マントの下で、グッとスザクが拳を握り締めたのがわかる。その表情を注意深く読み取って、さらにC.C.は続けた。
「だが声はかわいかったぞ。イクときの顔もな。そういうところだけは教え込まれているようだ。それとも素質か? あれのギアスが愛されるギアスでなくてよかった。もしそんなことになっていたら、たいへんだっただろうな。愛憎だらけで」
「――C.C.」
何かを飲み込むように、低くスザクが名を呼んだ。
「僕はそんなことを聞きに来たんじゃない」
クッとC.C.は喉を鳴らした。
「同じことだろう。あれがどんなふうにわたしを抱き、どんなふうに抱かれて眠ったか、気になって仕方がないくせに」
「C.C.!」
強い声に、C.C.は挑発するような目を向けた。
「だから言ったんだ。後悔するくらいなら人に押し付けるなと」
「押し付けたわけじゃない。ルルーシュを護るためには」
「それを押し付けと言うんだ。ルルーシュを突き放そうとしたのは自分の役目のためか? それとも義務だとでも思っているのか? ちがうだろう。自分を失ったときルルーシュがどうなるか、それを思って遠ざけようとしたのだろう。不死のわたしなら、その心配はないからな」
強い目でC.C.を睨みつけていたスザクは、やはり何かを飲み込むように拳を握り締めて、ふいと目を逸らした。
図星か。
ルルーシュのすべてを受け止めたいと願いながらそれをしないのは、ルルーシュの中で自分という存在を、これ以上大きくしないためだ。せめて二分すれば、片方を失っても、まだ片翼が残る。
まったく世話のかかる。
通路へとC.C.は向かい、擦れ違い様、スザクの腕を軽く叩いた。
「嘘だよ」
言葉にスザクが振り向く。C.C.は苦笑を浮かべた。
「安心しろ。あれはわたしを抱いていないし、わたしもあれを抱いていない。だいたい、あれが女を抱けるわけないだろう?」
そんなふうにあれを仕込んでおいて、よくも人に託そうなどと考えたものだ。
「C.C.」
「あれはお前を頼りにしているが、依存しているわけではない。だいたい、あれを遺して死ぬつもりもないくせに、いらん気を回すな」
ジェレミアが味方にいるいま、ルルーシュの掛けた生きろというギアスをとかない理由など、他にないだろうに。
C.C.はスザクを見上げた。
「付き合ってやるよ。わたしはお前の共犯者だからな」
「C.C.、君の共犯者は――」
クイと顎を上げ、尊大な顔でC.C.は琥珀の瞳にスザクを映した。
「ルルーシュだと言いたいのだろう? 確かにな。だが、ルルーシュに対してなら、わたしはお前の共犯者だ。剣と盾だといったのはお前だぞ? スザク」
スザクは否定しなかった。C.C.は頭の後ろで手を組むと、やれやれといった口調で部屋を出る。
「行ってやるんだな。かわいそうにお前のルルーシュは、泣くこともできずに淋しくベッドで一人寝しているぞ」
揶揄ってやったことに気をよくしたC.C.がちらりと騎士を窺がうと、スザクがどこか困ったような顔を向けていた。
「スザク?」
俯き、僅かに思い詰めた顔のスザクが、ひとり言のように呟く。
「明日ルルーシュの声が掠れてたら、やっぱまずいかな」
頭の後ろで組んだ手を解き、思わずC.C.は振り向いた。
「皇帝として演説するんだから、やっぱりまずいよね」
枢木スザクを天然だといったのは誰だったか。ルルーシュか、それとも生徒会メンバーか。
呆れた顔を向け、C.C.は。
「勝手にしろ」
それだけ言って背を向けた。C.C.の後ろで、シュッと勢いよくドアが閉まる。
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