ゼロの顔を知るものはない。正体を知るものもいない。
悪逆とも暴君とも呼ばれたルルーシュ皇帝とゼロとの繋がり。ルルーシュ=ゼロだと知るものは少なく、ルルーシュを殺し、民衆を解放したゼロは英雄になった。
「これは、お前にとっても罰だ」
「人並みのしあわせを、すべて世界のために捧げてもらう」
「――永遠に」
ルルーシュの最期の言葉。ギアスを呪いではなく、願いだと言った。その彼を、スザクはゼロの仮面を被り、自分の手で討った。
――ルルーシュ。
何よりも大切な人の名を心の中で呼ぶ。
――君は怒るだろうか。
正体を明かさないゼロのための部屋。その部屋の奥に、ひっそりと横たえられているガラスの柩。その柩の中で眠る人を、そっとスザクが指で触れる。――冷たい。
「――悪趣味だな」
よく知る声が響き、スザクは僅かに視線を後ろに向けた。
「C.C.」
「それともロマンチストと言うべきか? ガラスの柩とは」
スザクは立ち上がり、にこりともせずに素っ気なく事実を告げた。
「その感想はロイドさんに。それよりどうしてここに?」
冷たい視線を向けられ、C.C.が喉を鳴らす。
「わたしがわたしのオトコを見に来ては迷惑か?」
オトコ。
二人がそんな関係でなかったことはスザクがいちばんよく知っている。おそらくスザクに対する嫌味だろう。自分の契約者を横からさらっていった男に対する。
「それに」
C.C.が続けた。
「わたしを共犯者だと言ったのはおまえではないか。その成果を見に来て何が悪い」
悪いとも迷惑だともスザクは言わなかったが、その目と態度が物語っている。スザクは答えず、別のことを聞いた。
「ルルーシュはいつ目覚める?」
さあ、とC.C.が言う。
「そんなことは知らん。稀に引継ぎがうまくいかなくて眠り続けるものもいると言うが――」
「ルルーシュもそうだと?」
「知らんと言っただろう。だいたいルルーシュが継いだのはわたしのコードではない。わたしにだってわからないことはある」
共犯者。
そう、確かにスザクはC.C.を自分の共犯者だと言った。
ルルーシュを死なせたくないC.C.と、ルルーシュを殺したくないスザクの利害が一致した末の共犯。すべての悪を集め、持って行くといったルルーシュに、ゼロを殺したいほど憎んでいたはずのスザクは最後まで納得することができなかった。
死は逃げ道だの、安らかな死など生ぬるいだの、それで罪があがなえると思っているのかだの。そうした言葉は数多スザクの内を駆け巡ったが、そのどれもを口にすることができなかったのは、それが詭弁だと知っているからだ。
彼が死ななければならない理由なら、それこそ山のようにある。歴史上、多くの暴君が殺されてきたように、ルルーシュが父である先帝を弑したように、民意がそうなるよう二人で仕向けた。だが、なぜルルーシュだけが犠牲にならなければいけないのか、その理由はいまだ見付けられずにいる。
犠牲――
その感傷はスザクに自嘲の笑みを刻ませた。
自分はルルーシュを惜しんでいるのだろうか。彼を殺したくないと思い、彼を自身の傍に置きたいとさえ願って。だがそれは、許されない感情だ。
そんなスザクに、ルルーシュだけを逝かせるのか?と囁いたのはC.C.だった。
『わたしはずっと死ぬことを願ってきた。おまえもそうだろう。何故わたしたちが死ぬことは許されず、あいつだけが逝くんだ?』
わたしたちを置いて。
そうだとスザクは思った。
あのとき――神根島でゼロである彼を捕らえたとき、死よりも悪い運命を、自ら死ぬことさえ許されない絶望を与えようと誓ったのではなかったか。
スザクの顔に、また違う自嘲の色が生まれる。
死を望むスザクに、生きろというギアスをかけた報いは受けて貰う。彼にも自分と同じ罰を――
しかしC.C.が引き渡す前に、ルルーシュはコードを持っていた。それが計算外の出来事だったために、ルルーシュはいまだ目覚めず、眠り続けている。
舌打ちでもしそうなスザクの態度を、C.C.は嘲笑った。
「そんなに目覚めてほしければキスでもしたらどうだ? ガラスの柩にうってつけの演出ではないか」
怒るかと思ったスザクは哂い、C.C.に顔を向けた。
「では、ルルーシュが目覚めるというギアスを」
「おい」
「君との契約は僕が果たすよ」
ルルーシュはC.C.との契約を果たせずにいる。
ふん、とC.C.は鼻を鳴らした。
「業の深いことだ」
今度こそスザクは、たのしげな笑みを刻んだ。
「知っている」
「――ふん」
自分から「きれいなルルーシュ」を奪うものは、ルルーシュ本人であるゼロですら排除しようとした男だ。死ですら許せなかったのだろう。まして、自分以外のものと永遠に生きるなど――
踵を返したのちC.C.は振り向き、頭の後ろで手を組んだ。
「ひとつだけ忠告しておく。不死とはいっても痛みは人並みに感じるんだ。せいぜい抱き殺さないようにな」
「不死なんだろう、ルルーシュは」
「言葉のあやだ」
目を細め、低い声でスザクが呟く。
「自信ないな」
「――言ってろ」
今度こそC.C.は、呆れて部屋を後にした。
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