ずっと邪魔だと思っていた。こいつさえいなければというそれは、もはや憎しみに等しい感情だといえる。
「――どうしたの? ルルーシュ」
「え? あ……」
「さっきから上の空だよ」
くすっとスザクが笑う。
「誘ってきたのは君だよ?」
白兜のパイロットがスザクだと知って、仲間に引き入れようとして失敗した。そしてキュウシュウでの共闘。
それからふたりきりではじめて顔を合わせた今日、スザクの顔を見た途端、頭で考えるより先に身体が動いた。
何でもいいからスザクを感じたかったのかもしれない。自分の知らないブリタニア軍人、白兜のパイロットであり、ユーフェミアの騎士であるクルルギ少佐ではなく、ルルーシュの幼なじみであり友人である枢木スザクを。たぶん、いちばん深く感じる手段で。
やさしいキスを受けながら、ほろ苦くルルーシュは笑う。
「……へんな感じだな」
「何が?」
「お前はユーフェミアの騎士なのに」
「それとこれとは別だよ」
それとも怒ってるのとスザクが聞く。
「まさか」
少し肩を竦め、ルルーシュはわざと軽い口調で否定した。
嘘をつくのは得意だ。表情を消すことも感情を殺すことも。少なくともユーフェミアの騎士になったことを怒っているわけではないのだから、嘘をついているわけではない。ただ、気にしているかと聞かれていれば、嘘をつくことになっていただろうと思うだけで。
まさかと言ったあと、おめでとうと付け加えたルルーシュに、スザクが笑みを向ける。
「ありがとう。君にそう言ってもらえることがいちばんうれしいよ」
ルルーシュと甘い声でスザクが言う。
彼の声はいつも甘い。屈託ない笑顔を向けられ、思わずルルーシュは視線を逸らした。スザクの言葉が続く。
「君の騎士にはなれなかったけど、でもね」
言葉を遮るようにスザクの首に手を回し、ルルーシュは自分の方に引き寄せた。
「ルルーシュ?」
「いまはそんな話はするな」
耳元で囁くとスザクが背中に手を回し、壊れ物を扱うようにルルーシュをゆっくりベッドに横たえた。
「その、……すまない」
ベッドサイドの落とした照明が、オレンジの光の中に黒い影を2つ作っている。らしくもなくベッドの上で項垂れるルルーシュに、スザクは心配そうな顔を向けた。
「僕よりルルーシュの方が。どこか具合でも悪かった?」
「――違う」
思いがけず強い口調での否定に、スザクが驚いた顔をする。ルルーシュは視線を逸らした。
「違うんだ……」
ルルーシュの身体は反応しなかった。別に勃たなくてもスザクがするのに支障はないが、一方的なことを嫌う彼が何をしてもだめで、いたたまれない思いにルルーシュの口は重くなる。
自分から誘ったのに。
メンタルな部分に支配されることが大きな行為ではあるが、それでもスザクを求める気持ちの方が強いと思っていた。けれど意思に反して身体はスザクを拒絶する。
頭ではわかっているのに。
スザクはどう思っているだろう。
軽い自己嫌悪に陥るルルーシュの耳に、明るいスザクの声が響いた。
「――よかった」
ほっとしたようなスザクの声に、ルルーシュは顔を上げる。安心させるようにスザクが笑いかけてきた。
「体調が悪いわけじゃなかったんだ」
やさしい声。
「ルルーシュは昔から身体が弱いのに我慢して、すぐ無茶をするから」
ルルーシュは頑丈とまではいかないが、虚弱だというわけでもない。日本に来てすぐに微熱を出したことは何度かあったが、それは環境の変化と気候の違いからだ。
ルルーシュは苦笑した。
「お前に較べたら、だろ?」
スザクと較べれば誰でも身体が弱いことになってしまうとルルーシュは思う。
「それでもよかった」
ルルーシュはスザクのスラックスに手を伸ばした。
「ちょ、ルルーシュ?」
「口でしてやる」
「だめだよ、ルルーシュ。君にそんなことさせられない」
「黙れ」
「だめだって。僕だけなんて」
「俺がかまわないと言ってるんだ」
「僕はかまうよ」
ルルーシュは舌打ちした。こうなればスザクはてこでも動かない。スザクのイク顔が見たいのだと言っても、彼には通じないだろう。
「でも、ひとつだけ、いい?」
「何だ」
「手を繋いでもいい? ルルーシュ」
「は? 手?」
「うん。昔みたいに手を繋いで寝てもいい?」
何もしないで一緒に眠る。子どもだったあの頃みたいに。
スザクの笑顔。いまは自分にだけ向けられている。
「そうだな」
それも悪くはないかもしれない。繋がりは、たぶんひとつだけではない。
「ありがとう、ルルーシュ」
まさかこのタイミングで礼を言われるとは思わなかった。
「別に礼を言うようなことじゃないだろ。ほら」
照れ隠しでルルーシュから手を伸ばすと、慌ててスザクが手を引っ込める。
「ちょ、ちょっと待ってルルーシュ」
「なんだ。まだ何かあるのか」
スザクの顔が赤くなり、彼は困ったような笑みを向けて後退った。
「その、その前にちょっとトイレ借りるね」
ぴゅーっと慌てて飛び出して行く後ろ姿を、ルルーシュは小さな笑いをこらえて見送った。
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