目の前に男の顔が迫っている。まだ若い。顔立ちは整っていて、人懐っこそうな水色の目が、興味津々といった様でルルーシュの顔を覗き込んでいた。
「ジノ様……」
ルルーシュは男の名を呼んだ。
「なんです? ルルーシュ先輩っ」
弾むような言い方に、ルルーシュは困ったような笑みを浮かべて見せる。
「できれば手を離していただきたいのですが…」
ルルーシュの控えめなお願いに、ジノが興味深そうに笑った。
「手だけでいいの?」
「できれば身体の方もお願いします」
手を押さえ込まれているのは事実だが、それ以上に問題は、ここがベッドの上で、さらにジノの身体が自分の上にあるということだ。
どうしてこうなったのか、ルルーシュにはよくわからなかった。
部屋にいきなりやってきたナイトオブスリーは、長身に人懐っこい笑顔を浮かべ、ねえ、と気安く話し掛けてきた。
「センパイ、スザクの友だちなんだって!?」
探るようにルルーシュはジノの顔を見た。彼はドアに片腕を上げて寄りかかり、こちらを窺がっている。
妙に上機嫌に、何となくわくわくとしているようにすら見えるが、その理由はなんなのだとルルーシュは思う。
自分の正体が知れたのか、いや、そうではあるまい。それともゼロの正体をどこからか……いや、それも違うだろう。前に賭けチェスに連れて行けと言っていたが、それと関係するのだろうか。しかし、それなら何故スザクの名を。
ナイトオブスリーが上機嫌な顔でルルーシュ・ランペルージに話しかける。しかもわざわざクラブハウスまで足を運んで。さらにスザクの名前まで出した。
その理由と可能性が、52通りほどルルーシュの頭を駆けめぐる。
ルルーシュは立ち上がってラウンズを迎えた。
「子どもの頃、一時スザクの家の近くに。――スザクに聞いたんですか?」
「いやー、リヴァル」
「そうですか、リヴァルに……って、ジノ様!?」
いきなりルルーシュの身体が反転する。突然視界が天井で溢れ、ルルーシュは焦った。
ドサッと音を立ててルルーシュの身体はベッドの上に押し倒されたが、ジノの腕がすばやく腰に回されたせいか、さほどの衝撃は感じなかった。
「ふーん」
興味深そうに覗き込む目に自分の顔が写っている。
明るい金髪に水色の瞳。典型的なブリタニア貴族の風貌だが、さすがはラウンズ。一見、優男に見えるが、腕の力は強く、びくともしない。
ジノは相変わらず興味津々にルルーシュを見ている。軽薄そうに見える外見そのままに、明るくジノが聞いた。
「やっぱセンパイはスザクとそういう関係なわけ?」
「――は?」
そういう関係とはどういう関係だとルルーシュは思う。
スザクから何か聞いたのだろうか。そう思い、思い至ったところで、いや聞いたのはリヴァルからだったはずだと思い直す。
リヴァル、余計なことを。
親友の口の軽さに歯軋りしながら、ルルーシュは、待てと別の可能性について考えた。
リヴァルから聞いたあと、スザクから聞き出した可能性の方が強いのではなかろうか。そういう関係などと、いったい何を言ったのかはわからないが、随分意味深な発言をしてくれたものだと、今度はスザクに舌打ちしたい衝動にかられる。
ナイトオブスリーとナイトオブシックス、ラウンズの態度からいって、彼らはギアスのこともゼロのことも知らされてないはずだ。スザクのことだから、いくら相手が自分より上位のラウンズとはいえ、軽々しくルルーシュのことを話したりはしないだろう。では、いったい何を……。
114通りの可能性について考えたのち、ルルーシュはもっとも単純で当たり障りのない答えを返すことにした。
「そういう関係ってどういう関係のことです? ヴァインベルグ卿」
質問には答えず質問で返す。詐欺師の常套手段だが、ルルーシュはこの手の工作には慣れている。
ヴァインベルグ卿と呼ばれたジノは、何故かたのしそうな顔をした。
「この学園の中では社会的立場は無視してくれたまえ――と言ったはずだが?」
「ではジノ様」
「その、様もできればやめてほしーなー」
「貴方が俺の手を離してくだされば考えます」
「うーん」
ジノは考えるように視線を天井に向けて見せたが、ルルーシュの要望は無視することに決めたらしかった。
「スザクがさー」
手は押さえ込んだまま、たのしげに話を続ける。
「ルルーシュ先輩のことを聞くと、何ていうかいまいち歯切れが悪くて、何か隠し事してるみたいなんだよねー」
無視か!と一瞬ついた怒りは、後半の発言によってあっさりしぼんだ。
「それは……」
「で、センパイに聞こうと思ったんだけど誤魔化されちゃったし」
「別に誤魔化したわけでは」
「でも、ただのトモダチじゃないでしょ?」
耳もとで囁かれ、う…とルルーシュが言葉に詰まる。それにジノがさらに顔を近付け、感心したように言った。
「センパイってすっごいビンカン?」
「敏感…って」
「肌もきれいだし」
「それは、どうも」
「へー、やっぱりきれいだって言われ慣れてるんだ?」
「別にそういうわけでは」
「やっぱ当たり?」
「当たりってなにがです」
「スザクとそういう関係なんだ?」
「そもそもそういう関係というのが、何のことかさっぱり」
「せっかく、いいと思ったんだけどなー」
「ですからジノ様、なんの」
「さすがスザク、趣味がいいよねえ」
「いや、アイツはどちらかと言えば無頓着な方だと」
「顔じゃないんだ? あっちの方かな」
「だから何の話だと!」
ナイトオブシックスたるアーニャが人の話を聞かないことは認識していたが、まさかスリーまでこうだとは。
何が帝国最強の騎士だとルルーシュは思う。いや、ある意味最強かもしれないが、それにしてもだ。
自分の下で、気のたった猫のように毛を逆立てるルルーシュに、ジノの片目が、へえーと細められた。
「もしかして、全然通じてない?」
「さっぱりです」
ふーんと言ったのちニヤリと笑い、ジノはいきなりルルーシュを解放した。
「作戦変更」
「は?」
抑えられていた手首を擦りながら、ルルーシュがラウンズを見上げる。ジノはいたずらを企む子どものような顔でルルーシュを見下ろし、にゃははと笑った。
「急いてはことをし存じるってねー」
「はあ」
「じゃあ、失礼するよ、ルルーシュ先輩。今度、チェスに連れて行ってくださいねー」
最後にドアから顔を覗かせ、バイバイと手を振る。
「なんだったんだ、あれは……」
あとには、髪が乱れ、呆然とするルルーシュが残された。
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