特にこれといった仕事はないという話ではあったけれど、スザクは時間が許す限り生徒会室に行く。
ルルーシュがくれたスザクの居場所。いまのところ、生徒会室とルルーシュの傍らのふたつが、この学園でのスザクの居場所だ。
今日は午後を回ってからの登校で、すでに授業は終わっている。それでもここに来るのは、大切にしたいものがあるからだ。
ノブに手を掛けようとしたところで先にドアが開き、生徒会長のミレイ・アッシュフォードとぶつかりそうになった。
「会長」
「あらま」
「どちらへ?」
聞くと大袈裟に肩を竦めて見せる。
「うーん、ちょっとね」
ミレイがこういう顔をするときは、祖父である理事長に呼び出されたか何かだ。
これ以上はプライベートになる。さらに深く聞くつもりはないが、誰もいない生徒会室にひとりいるのも憚られて、部屋に入るかどうかスザクは迷った。
が。
部屋の奥から、スザクくんという声がする。声をかけてきたのはシャーリー・フェネットで、彼女は明るくスザクに手を振った。
「いたんだ、シャーリー」
声に誘われ部屋に入ると、じゃあねーごゆっくり〜なんて言いながら、入れ替わりにミレイが出て行く。にまっとしたその笑顔を見送りながら、スザクはカバンを置いた。
「それ何?」
シャーリーの手元には書類らしき用紙がある。
「あ、うん。新しい企画をね」
「企画?」
「猫祭りみたいなことを学園中でやるって言えばわかる?」
確かルルーシュも以前そんなことを言っていた。
「水着で授業デーとか?」
「そう」
「絶対無言パーティとか?」
「そうそう。なんだスザク君、知ってるじゃない」
「うん、ルルーシュから聞いた」
他にもいろいろ聞いたが、それは忘れた振りをする。
「今週中に3つ以上新しい企画を考えろーなんて、会長も無茶を言うよねー」
「へえ?」
「へーって、スザク君も生徒会メンバーでしょ?」
「――あ。」
つまりスザクも3つ以上考えなければならないということだ。
そんなわけで、ふたり向かい合ってテーブルにつくこと20分。先に根をあげたのはシャーリーだった。
「あー、もうだめだめ。なーんにも考えつかなーい」
背もたれに身体を投げ出し、大きく息を吐き出す。
「シャーリー」
「スザク君は何か考えついた?」
勢いをつけてテーブルに身体を戻したシャーリーが聞いてくる。
「その、ひとつだけ」
「なになに?」
「武道をたしなむ日」
「ぶどう? 葡萄を食べるの?」
「そっちの葡萄じゃなくて、武術だよ。日本の古武道」
「一日忍者の日!?」
ちょっとちがうけど。
「いいなあ、たぶんそれ一つでもOKだよ。そういうの会長大好きだもん」
はあぁとさらに息をついたシャーリーは、ばったりと机に突っ伏した。
「ルルに助けて貰おうかなー」
「ルルーシュ?」
シャーリーが突っ伏したまま、目だけをスザクに向けてきた。
「こういうの得意だもん、ルル。小学生の日と男女逆転祭り再びなんてことにならないように、10も20も考えてくるよ、きっと」
もっともルルーシュの企画は会長の好みに合わないらしく、たいがい却下されるという。
沈黙が落ちる。
「…………」
「…………」
今度はスザクが口を開いた。
「遅いね、みんな」
「ニーナは先生のお手伝いで、リバルはバイトで、カレンはお休み、ルルーシュは知らない」
「ルルーシュ、小学生の日と男女逆転祭りを嫌がってるの?」
前に聞いたときには、男女逆転祭りの方はおもしろがっていたように見えた。
うーん、とシャーリーがやっぱり突っ伏したまま視線を上げる。
「小学生の日は断固反対だったけど、男女逆転祭りはああいう騒動になるのがいやなのかも」
「騒動?」
シャーリーが跳ね起きた。
「すごかったんだよ、ルル。ルルって完璧主義じゃない? 日本の伝統芸能カブキに学んだとか言っちゃって、仕草とか歩き方とかもう完ぺき!
流し目なんてしちゃってすごかったんだから。そのうえ会長がおもしろがって完ぺきにメイクするし。女の子だけじゃなく、女装した男の子まで群がっちゃって」
女の子はともかく、男子まで群がったという話に、スザクは内心穏やかでなくなる。
「ふーん……」
「写真見る?」
え?とスザクは思った。
「写真部が隠し撮りしたの。どうしてもほしい一枚があって。これ」
スザクはシャーリーの気持ちを知っている。だからシャーリーも、ルルーシュの写真を隠し持っていることを打ち明けたのだろう。そっと手帳を取り出しスザクに見せた。
そこには、女子の制服に身を包んだルルーシュが、涼しい顔で本を読む姿が映っている。
確かに似合っているとスザクは思う。一年前の彼はいまより少し頬のラインが幼く、メイクもそれに合わせてナチュラルだ。
けれど。
「……ルルーシュって写真映り悪いんだね」
「へ?」
「唇とか、ほんとはもっとピンクなのに」
「あの、スザクくん……?」
「普通にしてるのが、いちばんかわいいよね、ルルーシュって」
「――は?」
そのとき扉が開いた。
「何の話をしているんだ?」
「ルルーシュ!」
慌てて手帳を閉じたものの、いきなり現れた噂の人に何となく気まずい空気が流れる。
「あ、あのね、ルル。いま」
「企画の話をしてたんだ」
「そ、そう。企画」
「ほう? で、何か考え付いたのか?」
にこっとスザクが笑った。
「これから考えるんだ。もちろん手伝ってくれるよね?」
ルルーシュ?と言われ、ルルーシュは怪訝な顔をした。
「それはかまわないが……。何かへんだぞ、スザク」
「そんなことないよ。ただ僕も男女逆転祭りには反対だから」
「は?」
風が流れる。
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