『枷』


「なあ、お前」
 尊大でもったいぶった口調。上から物を言うような。確認するまでもない、C.C.だ。もっともこの部屋にいるのはふたりだけなのだから、声で判断するまでもない。
 いつものように仏頂面でルルーシュは返した。
「なんだ?」
 揶揄するような息をつき、C.C.は苦笑する。
「相変わらずだな、お前は。その仏頂面なんとかならんのか」
 面白くもなさそうにパソコンを眺めていたルルーシュは、相手の空気がやわらいだことに気付いて視線だけを向けた。
「無駄話をするつもりはない。俺はなんだと聞いている。要件を言え」
 わかったとばかりにC.C.は小さく両手をあげる。
「お前、あの男が欲しいのだろう?」
 ルルーシュは尊大に鼻を鳴らした。
「何のことだ」
 突然何を言い出すのかと思えば、ほしいだの、あの男だの。
 ほしいのは力だ。男の方に心当たりはない。「あの男の命」となれば話は別だが。
 C.C.の無表情な顔に揶揄めいた色が広がる。
「――枢木スザク」
 その名にルルーシュの手がピクリと動いた。自分の甘さに彼は心の中で舌打ちする。
 どうしてその名が出ると自分はいらん反応をしてしまうのか。
 ルルーシュは視線だけでC.C.の様子を注意深く窺がった。正体不明の女は、窓辺に立って背を向けている。大丈夫だ、気付かれてはいない。
 視線に気付いたのか、突如C.C.は振り向き、続けた。
「お前、友だちだと言ったな」
「ああ」
「友だちなのに敵対するのか?」
 あいつがっ……!
 一瞬激昂しかけた感情をプライドで抑え込み、呼吸とともに飲み込んだ。
 ルルーシュだって好きで敵対しているわけではない。ただあのわからずやがっ
「――あいつが選んだ道だ」
 名誉ブリタニア人として生きる道をスザクは選んだ。
 それを止める術をルルーシュは持たない。理由もだ。ブリタニア人の「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」には、枢木スザクを止めるだけの理由がない。
 しかしゼロとしてなら別だ。戦力として戦友として、できることならそばに在ってほしいと願っている。スザクになら、前線も騎士団もゼロである自分自身ですら、すべて明かしてゆだねることもできるだろう。
 共犯者としての枢木スザク。
 この女とはまた別の。
 C.C.が緑の長い髪を、ばさりと払う。
「あの男はブリタニア兵でもあるのだろう?」
 ゆっくりと近付いてきた女に、ルルーシュは目を眇めた。
「よく知っているな」
 片目だけを細めて、器用に女が笑う。
「それなら話が早い」
「どこが早い!?」
 ナンバーズとされるスザクは、正規の軍人にはなれない。ナイトメアにも騎乗できず、当然ナイトになることもない。
 力はあるのに。
 前線に出てほしいわけでも、ナイトメアに乗ってほしいわけでもないが、彼の能力の高さならいくらでも活躍できるはずだ。何よりあの気性がナイトに相応しいことをルルーシュはよく知っている。
「敵だ……」
 ぽつりとルルーシュは呟いた。
 イレブンと呼ばれる日本人。日本人のままであれば、彼はゼロに、黒の騎士団にもう少し近い位置にいてくれたのだろうか。
 目指すものは同じはずだ。ただ選んだ道が違うだけで。
「お前は急ぎすぎる」
 すぐそばでC.C.がルルーシュを見下ろしていた。
 その言葉をルルーシュは否定しない。急がなければならない理由がある。
 C.C.が続けた。
「いきなり黒の騎士団に入れと言っても納得するまい。あのタイプはむずかしい」
「だから、何だ」
「聞いていいか」
 謎の女は話を転じた。
「あれの性格は?」
 何故かルルーシュは目を逸らした。
「――馬鹿だ」
 くっとC.C.が喉を鳴らす。
「馬鹿か。手強いな。――他には?」
「真っ直ぐ、だな」
 そう、枢木スザクは真っ直ぐだ。真っ直ぐで素直にできている。愚かなほどに。
 そうか、とC.C.が言った。
「ますますもって厄介だな」
 馬鹿だから結果よりも過程を選ぶ。素直だから打算がない。戦争など勝ったものが正義だというのに――
 ぎゅっとルルーシュは拳を握り締めた。
「あいつは何もわかっていない」
 いや、わかっているのだ。わかっていて無駄なことをあえてしようとしている。腐ってしまった組織を内側から変えていくなど。
 馬鹿だ、とルルーシュは思った。心を読んだようにC.C.が言う。
「だが、ほしいのだろう?」
「しかし、あいつは」
「名誉ブリタニア人だ。ゼロにつくことはないだろうな」
 だが、と続け、C.C.は含みのある笑みを浮かべる。
「だが、お前のナイトとしてなら傍にいてくれるやもしれんぞ?」


 カツカツと廊下を歩きながら、ルルーシュはC.C.の言った言葉を反芻する。
『何故そんなことを言う』
 いまはいちばん身近にいる女だ。ルルーシュの裏を何もかも知り尽くした共犯者でもある。その彼女がルルーシュの心意に気付いてもおかしくはないが、しかしスザクをそばにおけとまで言う真意が謎だった。
 聞くと、突如腹を見せて逃げる魚のように、C.C.はするりと拘束服を翻して背を向けた。
『言っただろう? お前に死なれては困るのだ。守るにせよ守られるにせよ、あれはお前の良い枷になる』 
 傍らにあれば尚更。
 ふんとルルーシュは呆れたように鼻を鳴らした。
『お前は間違っているぞ、C.C.』
『ほう?』
『枷など邪魔なだけだ』
 もう一度、ほうとC.C.は言った。目がおもしろそうに輝いている。
『なんだ?』
『枷であることは認めるのだな』
 素直なことだ。
 クッと喉の奥で笑うC.C.に、ルルーシュは皮肉に唇の端を上げた。
『……あれは俺の騎士になんかならない』
 守ってほしいわけでも、守られるほどか弱いわけでもない。それをスザクも知っている。
『だが、ほしいのだろう?』
 もう一度同じことを言うと、C.C.は意味ありげな視線を向けて踵を返した。
『いっそ色仕掛けで堕としてみるというのはどうだ?』


「色仕掛けだと?」
 立ち止まり、ルルーシュは口許を抑えた。
 そんなものでどうにかなるくらいなら、とっくにしている。
「馬鹿馬鹿しい……」
 あれは事故だとルルーシュは思う。生徒会で起こったあれは。
 そう呟いたルルーシュは唇をぬぐった。


2007.3.11
O.T.Sのジャケはキスされて
唇をぬぐっているようにしか見えません。

back