気付くと、ルルーシュは回廊の中にいた。
壁ではないサイドに幾つもの額が掛かり、景色や人物が古い記録映画のように動いている。色褪せたものもあれば鮮やかな色彩のものもあって、時代も風景も様々だ。
ここはどこだと記憶を探るまでもない。 Cの世界。
それが人の記憶を映しているものであることをルルーシュは知っている。かつてC.C.に飛ばされて迷い込んだ世界は、C.C.の過去でもあった。
では、これもC.C.の記憶だろうか。
その一枚に目を止めると、急に足許が歪み、ルルーシュは回廊からその世界へと「ジャンプ」した。
見覚えがある――というよりは、どこにでもある光景といった方が正しいだろう。書斎というより執務室に近い室内に、男がひとり佇んでいる。
ルルーシュは男に目を向けた。
紺の燕尾と広い背中、茶色のくせ毛。仮面はないが、ゼロの格好をしたスザクであることがわかる。
とすれば、これは夢か、それとも未来か。
ゼロレクイエムはまだ終焉を迎えていないが、そうあるべき未来を、ルルーシュもスザクもすでに想定している。
――ああ、やはり肩が広いな。
スザクの背中を見てルルーシュはそう思い、自分の身体と見比べた。
身長は同じくらいだが、スザクは逞しさでルルーシュの比ではない。肩幅も胸回りもルルーシュの衣装では合わないはずだ。スザクに合わせて作らせたであろうゼロの衣装は、彼の姿にもよく映えた。
――惜しいな。
仮面を被れば顔は見えない。
――似合うだろうに。
ふと顔が見たくなって、ルルーシュはスザクに近付いた。これがCの世界であれば、自分はこの世界に干渉はしないはずだ。夢であれば気付かれても支障はない。
近付いたルルーシュは、スザクの嗚咽に気が付いた。彼の肩が震え、拳は握り締められている。もう片方の手は仮面のない顔を覆い、声にならない叫びを堪えているようだった。
その彼の唇から、嗚咽混じりの声が洩れる。
「ル、ル…シュ……っ」
膝が崩れ落ちて、両手で顔を覆う。溢れる感情を抑え切れないように、スザクはやがて声にならない叫びをあげた。
聞いているものの、胸が痛くなるような声。その背中に触れようとした手は、すぐに行き場を失って下される。
触れられないことに気付いたからではない。そんなことが慰めにならないことを知っているからだ。
スザクに科した罪の重さ。自分が彼に与えた罪は、こんなに重い。
「泣いているのか」
顔を上げた先に、C.C.の顔があった。ほろ苦く、ルルーシュは笑う。
「自分の業の深さに嫌気がさしているだけだ」
これほど彼が惜しんでくれるなら、自分は笑って逝けるだろう。
ふん、とC.C.が鼻を鳴らした。
「正直なことだ」
「C.C.」
「なんだ?」
「あれは未来か?」
過去でないのは間違いないが、確証があるわけでもない。C.C.の返答は素っ気無いものだった。
「知らん」
だが、と言葉を続ける。
「いまのわたしが知らないということは、そうなのだろうな」
「そうか」
自分の命で罪のすべてが許されるなどと思ってないが、それでも死によって消えるものもある。ただひとつ増えるとすれば、スザクに対する罪の意識だ。
そしてそれは、おそらく一方的なものではなく――
ルルーシュは自分自身に苦笑する。
自分を殺すことによって、スザクもまた感じるであろう罪の意識と、失ったものに対する嘆き。それをうれしいと感じる自分が厭わしく、どうしようもなく幸福だった。
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