その日、彼らは驚くほど穏やかで、これ以上ないくらいやさしい気分で目覚めた。
「おはよう、ルルーシュ」
「ああ」
穏やかにルルーシュが笑い、シャツに袖を通す。それを眩しげに見遣ったスザクは、ルルーシュを引き寄せ、おはようのキスをした。
くすっとルルーシュが声を立てる。
「まだ足りないか?」
「うん…」
「相変わらずの体力ばかだな」
彼の身体には数え切れない紅い痕。ぜんぶ、スザクが付けた。そのスザクの腕を擦り抜けて、ルルーシュが滑るようにベッドを降りる。白いシャツに陽が孕んで、スザクは虹彩を細めた。
ふたりで決めた最期の朝。なのに心は不思議と穏やかだ。
「立てる? ルルーシュ」
聞くとルルーシュが、少し眉を顰め、ああと言った。
「大丈夫だ」
昨夜の激しさはなりを潜め、ただ夕凪に似た静けさが広い部屋に満たされている。スザクもベッドを抜け出し、ルルーシュを背中から抱き締めた。
「まだ残ってる」
「スザ…っ」
後ろに指を這わせば昨日の名残り。濡れたそこから、スザクの放ったものが、ツッと流れ落ちてくる。
「掻き出さなきゃね」
耳もとで囁くと、ぶるっと腕の中の細い身体が小さく震えた。
「……いい」
「ルルーシュ?」
「このままで…いい」
ふたりで迎えた最期の夜。ただ獣のように抱き合った。
衣擦れの音と飲み込まれる悲鳴。言葉を奪い合い、ただ狂ったように抱き合って、互いの熱をむさぼった。どれほど貪っても足りないと思った。いっそ、このまま殺してしまおうかとすら思った。繋がりながら、いまここでルルーシュを殺せば、彼は自分だけのものになる。そう思った。
ゼロレクイエムは止められない。けれど衆人の前で彼を殺せば、彼の死は自分だけのものでなくなってしまう。
彼を殺すのは簡単だ。
首を一捻りするだけでいい。彼は抵抗もせずに、されるがままでいるだろう。そう思い、その細い首に手を掛けた。
ベッドの中、目に映るルルーシュが、みるみる涙で歪んでくる。
できはしないのに。
できるものなら、とっくに殺している。
そんなスザクをどう取ったのか。腕の中、しあわせそうにルルーシュが笑った。二ヶ月。その僅かな時間を、最高にしあわせだったと言って。
『いままで引き延ばしたのは俺の我が侭だ。付きあわせて悪かったな』
そう言って、笑いながら、泣くなと言って、スザクの頭を抱き締めてくれた。
「いいの? このままで」
聞くと、ああとルルーシュが言う。
「持って行く」
そして振り向いた。
「お前の名もお前の熱もお前がくれたものは、ぜんぶ」
ああ、そうか。
スザクは悟った。彼は自分のものにはならない。自分が彼のものなのだ。
その髪にそっと口付け、跪いて足許にキスを落とした。
「イエス、ユア・マジェスティ」
世界を壊し、暴君の名を欲しいままにしたルルーシュが、最期に望み、唯一その手に残そうとしたもの。皇帝ではなく、ゼロでもなく、ただの人としてルルーシュが望んだ、枢木スザクという存在。
ルルーシュの手がスザクの頬に触れる。
「恨むか? 俺を」
その手を取り、その手のひらにスザクは口付けを落とす。
「このまま浚って行きたいくらい恨んでいるよ」
「そうか」
「ルルーシュ」
立ち上がり、真っ直ぐにスザクはルルーシュを射た。
「最後にひとつだけ聞いてもいいかい?」
「なんだ」
「君を殺したくないって言ったら信じる?」
ルルーシュは笑った。
「いや」
嘘つきだね、君は。
苦笑とともに浮かんだ言葉は飲み込まれ、スザクもまた笑って、そうだねと言った。
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