黒い髪が額を覆い、顔をなかば隠している。
気を失って尚きれいな顔を、スザクは見下ろした。知らず手が伸びる。やさしい仕草で髪を払い、ほろ苦くスザクは笑った。
記憶を奪われたルルーシュ。
ゼロであった彼を皇帝の前に引き出したのは自分だ。
赦せないと思った。どうしても赦せなかった。けれど。いまの彼はゼロではない。
ブリタニアに仇なすゼロが皇族だったことは、世相を揺るがしかねない醜聞でもある。本来なら秘密裏に暗殺されるか、一生幽閉されるところだろう。だが、皇帝は特殊な力をもってそうとはせず、ルルーシュの記憶を奪って別の記憶を植えつけた。しかしその特殊性故に、ことは秘密裏に運ばれ、いますべてを知るのは皇帝とスザクだけだ。
ルルーシュの眠るベッドに腰掛け、スザクはその輪郭を指で辿る。
硬質な肌。陶器のようなと表されたのは見た目だけのことではないらしい。
スザクの目に複雑な色が宿る。
ゼロではないルルーシュ。
たとえ記憶を失くし、ただのルルーシュ・ランペルージになったとしても、彼の罪が消えるわけではない。彼を断罪しなかった皇帝の意図は知れないが、少なくともスザクは彼の罪を知っている。――覚えている。
「赦せないと思っていたのに――」
どうして心は、こうも揺れるのだろうとスザクは思う。彼を求めてやまないのだろうと思う。
いっそ自分も記憶を書き換えられれば、しあわせだったのだろうか。
埒もない。
苦くスザクは笑った。
彼が忘れても彼の罪が消えないように、自分の罪も消えることなどないというのに。
彼の罪と自分の罪。その両方をスザクは知っている。
「ねえ、ルルーシュ」
眠る人に唇を寄せ、スザクはやさしく呼びかけた。
「僕はゼロを赦したわけじゃない。だから」
口許に昏い笑みが広がる。
「だから、思い出さないでね」
ゼロではないルルーシュ。エリア11の狭い学園の中で、これから皇帝に飼われる、哀れな。
この昏い歓びは、彼を哀れんでのことではないことに、もうスザクは気付いている。
けれど、それでも。この胸にわだかまる感情を、うれしいと認めることはできなかった。
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