「で、麒麟というのは、王に対してどういう感情をもつものなのだ?」
「──って、なんで俺に聞くのさ、陽子」
「気にするな、単なる好奇心だ」
きっぱり。
だいたい女王というものは、どこか男のような気性をしているものだが、陽子のそれは群を抜いている。──と、六太は思う。陽子のそうしたところを気に入ってはいるのだが、この性格では景麒が少しばかり気の毒だ。
しかし、なんていうか、景麒のヤツも極端な女王を選んだもんだよなー、とかなんとか。
六太は思う。王を選ぶのに麒麟の意思など存在しないが、それにしてもこうまで極端な王を選ぶというのは。前回も今回も女王ということだけが共通項で、あとはまるで違いすぎる。
「で? どうなんだ? わたしはあんまり歴史は得意な方ではなかったが、時代劇や大河ドラマは見ていた方だ。と、思う。王と麒麟の関係っていうのは、ああいうものか?」
「ああいうって?」
「例えば、暴れん坊将軍とじいみたいな」
しーん。
景麒の端正な仏頂面が目に浮かぶ。
「それは……ちょっとちがうんじゃないかと思うぞ、陽子」
「そうか? 口うるさいとこなんか、加納のじいそっくりだと思ったが。では、あれか。黄門さまと助さん格さん」
怖ろしいことに、あくまで陽子は真面目である。
言葉をなくす六太の横で、まあ、景麒ならどっちかといえば格さんの方だろうな、などと言っている。
「それも、ちょっと、陽子……」
「そうだろうな。格さんは黄門さまが危なくなったら身をもって助けてくれるが、景麒にそれは望めないからな。その分、景麒の使令が風車の弥七のように素早く助けに来てはくれるが」
まるで勅令でも考えるように、陽子は難しい顔をして眉間に皺を寄せている。
「いくらわたしでも、景麒がうっかり八兵衛なんて冗談を言うつもりはさらさらないが、他に人物がいないとなると……。ああ、それともあれだろうか、役に立たない格さん。いや、違うな、景麒は暴力が嫌いなだけで役立たずなわけでは決して──わたしも助けられたし。助け方に文句がないわけじゃあないが。とすると、大岡越前と上様とか、あるいはあれか、大河ドラマによく出てくる守り役というやつか。うん、確かにこれは近いような気がする」
指を口許にやり、ひとりで納得している陽子の暴投はなおも続く。
「でも、あんなエラそうな守り役というのもいないぞ。お局様のようにうるさいし。でも徳川家光と春日の局というのはなんだな。どうせ同じ主従関係なら、私はオスカル様とアンドレみたいなのに憧れていたのに」
「オ、オスカルって、ちょっと陽子」
「知らないか?『ベルサイユのバラ』 倭国を代表する名作だぞ、あれは。オスカルというのは男装の麗人でな。アンドレの方は彼女の幼なじみにして従者だ。生命がけでオスカルを愛していたのだが、オスカルはフェルゼンというスウェーデン貴族のことが好きになるんだな。フェルゼンっていうのは、後にマリー・アントワネットと恋に落ちるんでオスカルは失恋するわけだが──ああ、そういえばオスカルとアンドレも結ばれるんだった。麒麟と王にもこういうことってあるものなのか?」
六太はさすがに驚いて顔を上げた。陽子は大丈夫だと思っていたのに、そんなことを言い出すとは。それでは先王の二の舞だ。
六太は重い口を開いた。俯く。
「王の中には……確かに麒麟にそういうのに近い感情をもつものもいるけど、麒麟にはそういうのがよくわかんないんだ」
麒麟は人とは違う。人の形を取りはするが人ではない。
陽子がじっと六太を見た。
「そうだろうな。麒麟はきれいだから血迷うやつもいるだろう。あんなにきれいな生き物が、あなただけをなんて言ったら、普通舞い上がるぞ。意志の強い王ばかりではなさそうだし。だいたい麒麟が王を選ぶときに吐くセリフなんか愛の告白に近いしな。わたしだって、景麒がもっとちゃんと女のコの気持ちを考えてくれるようなヤツだったら、危なかったかもしれん」
腕を組み、(なぜか)胸を張って陽子が言う。
「って、陽子」
「いまのところそれはない(きっぱり)。それどころではない、という方が正しいのかもしれんが。だいたい景麒はあんな顔して朴念人だからな。気も短いし、やさしくもない。女のコってものがわかってないし。わたしはある意味、先王を尊敬してるんだ。あんな堅苦しいやつに恋慕するなんて、すごい根性の持ち主だ。その根性を国作りに傾けていれば、慶はすばらしい国になっただろう」
六太は軽い目眩に似たものを感じた。
が、まるで頓着しない陽子は明るい笑みを向ける。
「その点、雁はいいな。延王も延台輔も楽しそうだ。延王なんて遠山の金さんのように慕われてるし、台輔も青影のように明るい。ここまでくるにはいろいろあったとは思うが、ほんとうに尊敬する。慶も一日でも早く雁に近付くようわたしも精進しなくては」
どういう意味だろう……。
六太は沈黙して、呆然と陽子の言葉を聞いている。
「夫婦仲がいいと家庭が円満であるように、麒麟と王の関係がうまくいってる間は国が落ち着いてるように思う。それは麒麟の顔色を窺うということではなくて、麒麟が望むいい王になるという意味なのだが、でも雁はどこかちがうようだ」
「……別に仲は悪くないけどな。でも尚隆はいいかげんなやつだから」
「延王は延台輔といると飽きないんだろう。本当に愉しそうにしている。延台輔もそうだろう。まあ、台輔の場合は逆で、いると腹が立つがいないと淋しいってやつだと思うが」
「陽子、あのな」
「当たっているだろう? それに台輔は言ったじゃないか。麒麟は一目で王がわかるって。これだ、と思うわけだろう。そういうのをな、倭国では運命を感じるというんだ」
延王も、男が女を選ぶに似てると言ってたし。
カラリと笑う。実に、実になんていうか、……男らしい。
「わたしも景麒に飽きられないようにしなくてはな」
「その前に、呆れられないように、だろ?」
「その通りだ」
陽子はもう一度笑って、さて、と髪を結び直した。
「そろそろ戻らないと、また景麒がうるさい。景麒が禿げたらわたしのせいだな。だいたい景麒は堅苦しすぎる……というのはやめておこう。不思議だな。わたしは延台輔を好ましく思うし、景麒のことを石頭と言いたくもなるが、他の麒麟であればと思ったことはない」
振り返って、唇に指を当てる。
「内緒だぞ」
いたずらな子どものようにそう言うと、陽子はヒラリと身を翻して窓から出ていった。
六太は溜め息をつく。
ここは金波宮で、景王の、言わば陽子の王宮なのだ。わざわざ窓から出入りすることもないだろうに。
六太ならそんなことは気にも掛けないが、景麒なら小言のひとつも言いそうだ。
しかし、それにしても。
「青影のように明るいって言うのはなんだ?」
どうせならサスケのようにけなげだと言ってほしかった。それでも、じいだのなんだの言われていた景麒よりはマシかもしれない。
陽子──意外に口が悪い。
以前は(どちらかと言えば)陽子の方に同情を感じていたが、意外に苦労しているのは景麒の方かもしれない。
少しばかり考えを改めた六太だった。
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