『La petite mort』


 そう、とキラが言った。
「本当は僕の役目なのにね」
 ごめんねとキラが言い、アスランは苦笑した。
「どうしてお前が謝るんだ?」
 これは自分の意志でもある。
 アスハの後継者として家に戻り、ひとり奮戦するカガリを助けたいと思ったから、それをキラに告げた。島に訪れたマーナがカガリの現状を皆に話して、支えになってあげてほしいと言ったときから考えていたことだ。
 本来ならキラの言う通り、これはキラの役目なのだろうとは思う。キラとカガリは姉弟なのだから。
 しかしカガリが、オーブを事実上支配したアスハの後継者となれば話は別だ。
 権力と財力。アスハの名前。国民に対する影響力の大きさ。それを引き継ぐカガリにとって、キラの存在はいろいろと複雑すぎた。
 アスハに血の繋がりのないカガリの、双児の弟。さらにはその出生と大戦での経歴。キラは表に出るわけにいかず、ラクスも顔が知られている。アスランが名乗り出たのは、彼女を助けたいという意志と状況の両方からによるものだが、もうひとつ別の理由があった。キラと少し距離を置きたかった。
 アスランは、ぎゅっと拳を握り締めた。


 声を出すと皆に聞こえる危険があったから、いつもアスランは唇を噛み締めて、悲鳴を飲み込む。
 時にやさしく、時に激しくなるキラは、ときどき苛立ちをぶつけるようにアスランを組み敷く。自分にしか見せない、そうした幼なじみの激しい感情が、アスランはどうしようもなくいとしかった。
「キラ……」
 殺した息の下で掠れるように名前を呼ぶと、舌を奪うように絡められた。
「ん……っ」
 繋がったまま、唇を奪われる。息すらもままならない激しさに、意識がさらわれそうになる。
 縋るためではなく、抱き締めるための腕を背中に回して、力を入れた。
 ぴったりと重なる身体。耳に付く音。容赦なく暴かれた身体と大きく開かされた足。与えられるものと奪われる何か。自分がどんな格好をしているか知っている。
「ん、あ、あっ……きら……っ」
 キラが自分へとぶつける、感情のすべてを受け止めてやりたかった。苛立ちも悲しみもやさしさも我がままも欲も。戦場で抱き合ったあのときから。
 けれど──
「あ、ふ……っ」
 キラがアスランの中へ熱を放ち、アスランもまた同時に果てる。大きく息をついたら、労うようにキラがアスランの髪を払い、やさしく笑んだ。
「──きつかった?」
 ごめんと謝るキラに、アスランもまた笑みを向ける。
「いや」
 急速に失っていく熱が少しだけ淋しい。それを引き留めたくて、いつも腕をどうしようかと迷う。背中に回して抱き締めるべきなのだろうか。
「また泣かせちゃったね」
 そう言ってキラが笑い、アスランの頬に指をあてた。
 自分の中で弛む何か。親指で目尻の名残りをぬぐわれ、そのやさしさと温もりに、アスランはいつも少しだけ泣きたくなる。
「……ばか」
 けれど、このままでいいはずがない。


 最後に抱かれたのはいつだっただろう。そんなことを考えて、アスランは慌てて首を振った。
 キラに抱かれている。
 カッと頬に朱がのぼった。
 戦場からはじまったこの関係は、当初は抱き合うという言葉の方が正しかったはずだ。それが、いまは一方的なようで、それがアスランの苦笑と自嘲を呼ぶ。
 戦争が終われば、この関係も終わるものだと思っていた。
 キラには温もりが必要で、やさしい手も必要で。たまたまそこにいたのが自分で。その手をキラが取ったから、自分がそれを受け入れたから、だから。
 抱き合ったのは怖かったからだ。生命を失うことではなく、生命を奪うことが。
 赦されるとは思っていない。自分は多くを奪いすぎた。──キラを殺したときと同じように。
「つ……っ」
 アスランは襟元を押さえる。
 キラが与える痛みと小さな死。自分を殺した親友に、彼は無言でやさしい罰を与え続ける。抱かれているのは、たぶん一度、彼を殺したからだ。
 ほろ苦くアスランは笑う。
 自分は彼から逃げようとしているのだろうか。カガリを利用して。
 死ぬことが叶わなかった自分に与えてくれる、彼の罰。そのやさしさに溺れそうで、それがアスランは怖かった。
「──アスラン」
 キラに名前を呼ばれ、アスランは顔を上げた。
「待ってるから」
「キ……」
「カガリを頼むね」
 アスランの顔が歪み、涙を隠すようにキラがアスランの肩を抱いた。

2005.3.12
フランス語で「小さな死」という意味。
女性が感じるエクスタシーのことですが、
別れという意味もあるとか。

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