アスランは驚いてその場に立ち尽くした。
「キラ……?」
よく知る顔が笑みを見せて、よく知る声でアスランの名を呼ぶ。
「やあ、アスラン」
キラ・ヤマト。アスランの幼なじみで、親友で、クラスメイトで、そして月で別れたはずだ。彼ら、ヤマトの家の人たちは、アスランの母・レノアの誘いを断ってプラントには来なかった。
ここにあるはずのない顔に驚きながら、それでもアスランの足は自然にキラに向かう。
「いつプラントに来たんだ? おばさんたちは?」
手前で立ち止まり、アスランはきょろきょろと辺りを見渡した。
急に予定が変わったのだろうか。プラントは以前より入国審査が厳しくなってはいるが、入国を拒否しているわけではない。
聞くと、キラの笑みが曖昧なものになった。
「僕だけ――来たんだ」
「お前だけ? 確かにおばさんたちはナチュラルだけど」
アスランは首を傾げたが、あり得ない話ではない。
まだ開戦には至っていないが、プラントと理事国の間で危うい情勢は続いている。月や地球から避難してくるものは後を絶たず、キラたちのような第一世代のために、子どもだけを受け入れる施設もあるほどだ。
自分なりに答えを出して納得したアスランだったが、ふと顔を上げて違和に気付いた。
「……背、伸びたんだな」
少し会わないうちに、随分大人っぽくなったとアスランは思う。別れたときも出会ったときも、アスランに較べ、キラはどちらかと言えば子どもっぽさが目立つタイプだった。それが随分大人びて見えて、アスランは目を瞬く。
キラは何故か困ったような顔をして、小さく肩を竦めて見せた。
「そうかな」
「どうした? 具合でも悪いのか」
キラの様子がおかしいことにアスランは気付いた。疲れているのだろうか。それともおじさんたちに何かあったというのか。
第一世代の親はナチュラルだ。理事国とプラントの間で彼らがどんな思いをしているのか、想像にかたくない。中立をうたい、そういうものたちに門戸を開いている国もあるが、理事国からの圧力もあると聞く。
心配になってアスランは訊ねた。
「おじさんたちに何かあったのか」
キラが首を振る。
「違うよ、アスラン」
「でも」
それなら何故キラがひとりでいるのだろう。
けれど、いや、だからこそ詳しい話を聞くこともできず、アスランは言葉を捜す。それに、キラが言葉を継いだ。
「そういうことじゃないんだ」
考えに沈むように視線を落としたキラは、自嘲に口の端を歪めて笑った。
「たぶん僕は試されてるんだと思う」
「? 何を言ってるんだ?」
顔を覗き込むアスランに再び笑みを見せ、キラは顔を上げる。
「たぶん僕がここで君を殺せば、君は僕を殺さなくてもよくて、トールも死ななくてよくて」
「キラ?」
「ごめん……っ」
キラは祈るようにアスランの手を取った。
あの島でアスランのイージスはキラのストライクに組み付き自爆した。アスランがイージスから脱出する様をキラは見ている。逃れる術はなく、自分は死んだと思っていたのに、気が付いたらここにいた。
意識だけが過去に飛ばされたのか、それとも夢なのか。
もしかしたら神様がくれたチャンスというヤツかもしれないとキラは思う。自分かアスランか、どちらかが生き残るという意地悪な。
爆風でキラが飛ばされたのは、固い地面でも生い茂る木々でもなく、おそらく過去のプラントだ。一年前か二年前か。少なくとも血のバレンタインより前のはずだ。無防備なアスランをいまならキラは殺すことができるだろう。
過去に戻ってアスランを消す。
アスランがいなければ、彼と闘うことも、彼がトールを殺すことも、彼に殺されることもなく、フラガが言うように、これは戦争なのだと少しは割り切れたのかもしれない。
けれど。
「ごめん、アスラン。ごめん……」
「キラ?」
「いつも君にばっかり、……ごめんっ」
どちらかがどちらかを殺さなければ生き残れないのだとしても、それでもキラに彼は殺せない。
けれど、それはたぶんアスランも同じことだ。
アスランがいまの自分と同じ立場にいても、同じように彼はキラは殺せない。
それを知っていて、自分は彼を殺さずにいる。近い未来、彼が自分を殺して苦しむことも、彼もまた、いまのキラと同じ選択をするであろうことも知っていて、それでも尚、彼にその道を選ばせようとしている。
自分が選ばなかった苦い未来を彼に選ばせて。
「どうしたんだ?」
首を傾げるアスランの顔は、別れたときと再会したときの点と点が繋がった位置にある。記憶の中より幼く大人びた彼の姿が少しぼやけて、キラは無理に笑った。
「キラ?」
いまは自分より幼く華奢な彼を、キラは強く抱き締めた。
「どうしたんだ、お前」
あくまで同じ歳だと思い込んでいるアスランに少し笑って、キラは彼の肩に頭を預けた。
「何でもないよ、アスラン」
「本当に?」
「うん…」
「それならいいけど」
心配そうなアスランの温度を感じながら、キラは彼の首に顔を埋める。
「でも、アスラン。覚えておいて」
もう自分の手は汚れていて、たくさんの兵士を殺した。自分でもわからないくらい、たくさんのザフト兵を殺してきた。けれど、それでもアスランだけは殺すことができなかった。
自分の命より彼が大切だなんていうつもりはない。自分が卑怯であることも知っている。けれど。
「例え何があっても僕は君のことが好きだから」
「キラ?」
だから、アスラン。
「僕のことで苦しまないで」
「何があったんだ? おかしいぞ、お前」
泣き笑いの顔で、キラは小さく首を振る。
「もう行かなくちゃ」
たぶん、神様がくれた時間はとても短い。
「キラ」
「ごめんね、アスラン」
「キ……」
再び呼んだアスランの言葉を空間が歪め、一瞬の無音のあと、悲鳴があがる。
「ユニウスセブンが……」
誰かが街頭モニターに向かって叫び、ゆっくりと回転するユニウスセブンが映し出され、そして。
血のバレンタイン。
神様はほんとうに意地悪だ。
大きく目を見開くアスランを最後に、キラの意識は暗転した。
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