食堂に入ってくるなりディアッカを見付けた元同僚は、トレイを置き、当たり前のようにテーブルの斜め向かいに腰を下ろした。
濃紺の髪に碧の眸。顔に似合わず負けず嫌いな彼は、名をアスランという。
元ザフトのエースパイロットにして、現ジャスティスのパイロット。以前は同僚或いはチームメイトという括りに入る人間だったが、いまなら仲間とか同志とか、そういった類いで呼ばれるのだろうとディアッカは思う。
しかし、だ。
志しを同じくするからと言って、心が通じているかと言えばそうでもない。ザフトにいた頃からの馴染みだが、仲がいいとは口が裂けても言えない関係だった。それがどうしたわけかアスランは、ふとしたときに――そう、例えばこんなふうにディアッカがひとりで食事をしていたりすると、気まぐれな猫みたいに寄ってくる。
ディアッカは小さく息をついた。
向かいに座ったからと言って、アスランは何を話しかけてくるでもない。ただ黙ってもくもくと食べている。ディアッカにしても、特に話すこともないから黙ったままだ。
アスランは食べ終わると、多くは何も言わずに、時には一言声を掛けて去って行く。
その様子は傍(はた)から見ると奇異に映るらしく、サイに聞かれたことがあった。
「もしかして仲良くないとか……?」
ご明答とディアッカは答えた。
「別に、お友だちってわけでもなかったからなー」
もともと人見知りが激しい質らしく、アスランはディアッカが他の誰かといると近寄って来ない。この時はサイやミリィと一緒だったから、アスランは、ぼんやりとした顔をして、離れた席にぽつんと腰を下ろした。
「悪くもなさそうだけど」
そんなアスランが気に掛かるのか、アスランの方に顔を向けながら言ったのはミリィだが、これははずれている。
ザフトにいた頃は、どちらかと言えば仲は悪かった。仲が悪いと言うより気に入らないヤツだと思っていたから、嫌味の十や二十は言ったし、隊長だったヤツの命令も無視する傾向が強かった。だからいまもディアッカにはバツの悪い思いが残っているが、どうもアスランの方は気にしていないらしい。
いまとなっては、それもヤツらしいと言えはするが、ザフトにいた頃だったら、こういうところも気に入らないにカウントされていたことだろう。
「お前さ」
めずらしくディアッカはアスランに話しかけた。
もくもくとフォークを口に運んでいたアスランが、声に顔を上げる。
向けられる目。吸い込まれそうな碧にドキリとする。
やっぱりコイツきれいな顔してるんだなーと、妙なことに感心していると、何だかものすごくめずらしいものを見たという顔でマジマジと見詰められ、ディアッカは内心焦った。そんなにおかしなことを言っただろうか。
「な、なんだ?」
「あ、いや」
茫然といった様で瞬きしたアスランが、やはり茫然といったように言葉を落とす。
「話しかけてくるなんて思わなかったから……」
――は?
そりゃ確かに同じ状況でいままで話しかけたことなんてなかったし、仲もよくもなかったけれど、いつもいつも猫のようにくっついてきておきながら、話しかけられてそれはないだろうとディアッカは思う。
少し呆れて息を吐くと、アスランがふと目を逸らした。
「迷惑だったか?」
――は?
「その、すまない。俺は向こうに行くよ」
ちょっと待て。
言うなり席を立ち、トレイを持つ。ディアッカは慌てて反対側の手を掴んだ。
「誰もそんなこと言ってないだろうが」
言うと、きょとんとした目を向けてくる。
「だって、迷惑だろう?」
「だからそんなこと言ってないっての。って言うかさ、どうしてそうなるわけ?」
聞くと、これまた不思議そうな目を向ける。
「ディアッカは俺のことがきらいだろう?」
だからどうしてそういう話に!
って言うか、何だって!?
ディアッカはガシガシと頭を掻いた。
「そりゃ確かに気に入らないヤツだと思ってたさ。でも別に嫌ってなんか……」
――いたかもしれないけど。でも。
「嫌いじゃねえよ」
いまは。
そりゃ、いまもとっつきにくいし、よくわかんないヤツだとは思ってるけど。
するとアスランが、ものすごく驚いた顔をした。
「そうなのか?」
「そうだ。って言うかお前、俺に嫌われてるって思ってんのに、なんで近寄ってくるわけ?」
何だかものすごく意外そうな顔をしているが、ディアッカからすれば、そっちの方が意外だ。普通、自分を嫌ってる人間にわざわざ近付いてきたりはしないだろう。しかも食事時に。
聞くとアスランは、何故だか傷付いたみたいな顔をして、バツが悪そうに目を伏せた。
「他に知った顔がなかったから……」
ぽそりと言って俯く。
元々敵艦だったのだ、ここは。知った顔がある方がおかしいだろう。
しかしアスランには幼なじみがいる。オーブのお姫様とも顔見知りなはずだ。
だいたいにおいてアスランはあのふたりのどちらかといるはずで、ひとりになることの方がめずらしい。そのめずらしいひとりのときに、アスランはディアッカに寄ってくるのだ。
何故か。
何故だ?
確かに他に知った顔はディアッカくらいだろうが、それにしても嫌われてる(と思っている)のに寄ってくるというのは、いったい……。
「……お前さ、もしかして」
「なんだ?」
まっすぐ見返されて、再びカシカシと頭を掻いた。
「なんつーか」
こう、自覚なしかよ。
「いいさ。ひとりの時は俺の側にいろ」
小さく息をついてそう言うと、今度はさらに驚いた顔をする。
「なんだよ」
ガラス玉みたいな目。まるで作り物みたいだとディアッカは思う。吸い込まれそうだ。
「いいのか?」
不思議そうに聞かれ、ディアッカは息をついた。瞬きする睫が長い。
「ああ。もう、好きにしろ」
半ばヤケになって言うと、アスランが躊躇いがちに、すまないと言った。
小さな声。俯いた項が少しだけ赤い。
もしかして照れてる?と思った顔は困っていて、これにはディアッカの方が驚いた。
なんつ−か、もう、である。もっとわかりやすい顔をしてくれ。だから誤解されるのだ。
もうひとりの方はもっとわかりやすかったと、いまここにはいない同僚の顔を思い浮かべ、まあいいさと苦笑する。
「じゃあな」
「あ、ああ」
出ていった先でキラを見付け、ディアッカは、ようと声を掛けた。
「これから食事?」
「まあ」
「アスランなら食堂にいたぜ」
「ありがとう」
人好きのする笑みを向けられ、幼なじみだというのにえらい違いだと思いながら、ディアッカは、あーと言葉を続けた。
「アスランってさ」
「はい?」
「もしかして、淋しがりや?」
ディアッカがコソッと耳打ちすると、キラが笑った。
「自覚はありませんけどね」
やっぱりねと言って、ディアッカは大袈裟に肩を竦めて見せる。
「もっとわかりやすく淋しがってくれってね」
食堂で遠くからディアッカを窺うアスランは、甘え方を知らない淋しがりやの猫みたいだ。
「アスランですから」
そう言って笑ったキラの目が、アスランのいる食堂に向けられる。
あたたかい視線は、瞳のもつ色のせいばかりではないのだろう。
キラの発音するアスランの名は、いつもやさしい響きの中にあって、月での彼らをそれだけで伺い知ることが出来た。
「違いない」
自覚がないまま淋しがるアスランに苦笑して、ディアッカは、じゃあなとキラに手を振った。
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