オーブ大使館付きの護衛武官というのが新しいヤツの肩書きだった。
「うれしくなさそうだな。せっかく戻ってきたのに」
ベッドで腹ばいになったまま、だるそうにアスランが言う。声が少し掠れているのは昨夜の名残りだ。口調がどこか拗ねたように聞こえるのは自惚れではないだろう。しかし「戻って来てやったのに」と言いたそうな口調が気に障る。
ベッドの縁に腰掛けたイザークは、アスランに顔を向け、鼻を鳴らした。
「貴様はプラントを追われた身だろうが。それがのこのこと」
まったく何を考えているのかと思う。戻ってきたこいつもこいつなら、そんな任命をしたオーブもオーブだ。
手を伸ばし、寝そべったままイザークの腰をなぞって遊んでいたアスランが、指を止めた。
「それを言うのか? お前が?」
口調には揶揄が含まれている。イザークは憮然として立ち上がった。
確かに昨夜のことを思えば、そう言われても仕方がない。久しぶりだっただの、アスランから誘ってきただのいうのは、ただの言い訳だ。
「どこに行くんだ?」
背中から声がして、イザークは振り返った。
「シャワーだ」
ぱたんとベッドに突っ伏したアスランが、いってらっしゃいとばかりに、ひらひらと手を振った。
――結局、途中でアスランもバスルームに現れ、そこでもう一戦となったのは、昨夜以上の不覚だったとイザークも思う。いかにもだるそうに入ってきたアスランが、いくらずるずるとその場に崩れ、トイレを抱えて寝こけそうだったとはいえ放っておくべきだった。
起きろと腕を掴むと、あ?と寝ぼけたような顔をしたくせに、そのまま仕掛けてきたのは何の冗談かと思う。乗ってしまった自分も自分だ。セックスに溺れるほど子どもなわけでも青いわけでもないというのに。
そのくせアスランはずっとだるそうで、イザークが身体を洗ってやったうえ、再びベッドに運ぶはめになった。
「まったく貴様は」
なまったんじゃないのかと嫌味を言うと、お前は元気だなと返してくる。
「こんな色気のない身体のどこがいいんだか」
興味もなさそうに言うアスランに、イザークは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「知るか」
魅力的だの綺麗だの思って抱いているわけではない。鍛えられているわりに細身の身体を無様だとは思わないが、イザークがアスランを気に掛けるのは、もっと別の部分だ。
「だいたい男の身体に色気もくそもあるか。女じゃあるまいし」
イザークがいうと、ベッドに潜り込み、背を向けていたアスランが、にゅっとシーツから顔だけを出した。
「……確かに女ではないな」
そう呟くと、いきなりとんでもないことを聞いてきた。
「もし俺が女だったらどうした? イザーク」
「は?」
いったい何を言い出したのかと、イザークはアスランの顔をマジマジと見た。しかし当のアスランは、イザークの視線など気にもしていないらしい。返事も待たずに、これまた関係のないことを聞く。
「クマノミって知ってるか?」
アスランと会話が噛みあわないのはいつものことだ。
だいたいとイザークは思う。コイツは人の話を聞いていない。イザークとディアッカ以外の話は必要以上に聞いているから心を許している証だとも言えるが、そんなところで性格の悪さを露見されても気に障るだけだ。
それでも律儀に答えてしまうのがイザークで、これを惚れた弱みだとこっそりディアッカが言っていることを、当然イザークは知らない。
「熱帯魚のか」
イザークの答えに、アスランがシーツにくるまったまま、仰向けになって見上げてきた。
「よく知ってるな」
「馬鹿にしているのか、貴様」
何故かたのしそうに笑ったアスランが、ゆっくりと身体を起こした。
「何がおかしい」
「いや、」
ちょっと意外だったから、とアスランが言う。
海のないプラントでは、熱帯魚はさほどポピュラーな生き物ではない。イザークが知らなくてもおかしくはなく、アスランが知っていることに驚いたのは、おそらくヤツがオーブでその名を知ったからだろう。
そう思ったのだが、だんだん雲行きがあやしくなってきた。アスランがクマノミの生態について、説明をはじめる。
「いちばん大きなのがメスで、あとはオスという群れを作る魚だが、メスが死ぬと次に大きなオスがメスになるんだそうだ」
「それがどうした」
そんなことは聞いていないとイザークは思う。しかしアスランは相変わらずで、自分の言いたいことしか話さない。
「プラントでいちばん頂点に立っているのはラクスだろう? ラクスはキラとくっついたから、プラントは頂点に空きができた状態なんだそうだ」
つまり、とアスランが言った。何だかいやな予感がする。
「つまり、次点のオスがメスに昇格するというクマノミの生態を倣ってだな」
「待て」
「プラントも次点のオスを――」
「貴様、何を言おうとしている」
低くなるイザークの声に、アスランが意味ありげな視線を向けた。
「どうして俺がプラントに戻されたと思う?」
「まさか」
「うん。俺の次はお前だったから、俺がいないとお前がトップになってしまう。だから帰ってきた」
「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
人類と魚類を一緒にするなど。いくらコーディネイターがDNAをいじっているとはいえ、雌雄変化は単純な生物だからこそ成り立つ不思議だ。
思わず立ち上がったイザークは、アスランがじっと自分を見ていることに気がついた。
「あ、いや」
別にアスランが女だからどうだと言っているわけではない。女だろうと男だろうと関係ない。しかし本当にアスランが女であれば(いや、女になれば)、しかるべき形での責任は必要だろうとは思う。男として。
「別に俺は貴様が女でもだな」
慌てて言葉を継ぐと、アスランがぽかんとした顔で言った。
「本気にしたのか?」
――は?
「冗談だぞ?」
だいたいそんなことほんとうにあるはずが――
そんなことを言い始めた性格の悪い男は、イザークの表情(かお)を見て、もう一度顔色を窺がうように、冗談だぞ?と言うと。シーツの中に逃げ込んだ。
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