くすくすとアスランが笑う。
僕は僕の肩に両手を掛けて首を傾げるアスランに、笑みを返した。
アルコールが入って、少し気分が高揚しているアスランは、頬と目尻を淡く染めて、恥じらっているようにも発情しているようにも見える。いつもは怜悧な碧の眸が、目尻の朱のせいで無防備だ。
「熱い? アスラン」
「きら……」
「キラだけじゃわからないよ、アスラン」
「きーら」
そう言って、首筋にぎゅっと抱き着いてくる。
「だから、わからないって」
僕は笑いながらアスランの背中に腕を回す。
照れ隠し。
いつもと違うのは、アルコールのせいで、アスランの中の、いろんなハードルが低いということ。
だいたいにおいてコーディネーターは、アルコールに強くできているはずなんだけれど、アスランはどうしたわけか特定のアルコールにだけ弱い。それを一口でも摂取すると、腰が抜けた猫みたいにふにゃんとなって、途端に甘えてくる。
「しよう……」
抱きついて、額に額をくっつけて。アスランがそんなことを言う。
「アスランからお誘い? めずらしいね」
言うと、
「めずらしくないよ?」
と言う。
「めずらしいって。アスラン、普段は絶対言わないじゃない」
「言うよ?」
「言ってないって」
酔っぱらって、わけがわかんなくなってるくせに、こういうところだけは強情だ。
「ふく、ふく脱がなきゃ」
そんなことを言って、ぱたぱたと自分の服装を見返すんだけど、何しろ酔っぱらいだからうまく手に力が入らない。……らしい。
「あれ? あれ?」
首をちょこちょこ傾げながら、最初のボタンにもう蹴つまずいている。
僕は溜め息をついて、もたもたしているアスランのボタンに手を掛けた。
「ほら」
シャツのボタンを全部はずしてあげると、アスランがにこっと笑う。
「キラも」
言うなりアスランが、僕の襟に手を伸ばして来たんだけれど、僕は少しだけいたずらな気持ちになって、その手を取った。
「僕は自分でできるよ。それよりアスランは脱がないの?」
「あ……」
アスランが自分の格好を見下ろす。
「脱がなきゃできないよ? ボタンははずしてあげたから、あとはできるでしょ?」
「うん」
あと、これもだね。
そう言って、ベルトだけはずしてあげた。
「あとはできるよね。見ててあげるからやってごらんよ」
「うん……」
って随分素直だけど、意味わかってるんだろうか。――わかってないだろうな。だってこれストリップだよ? 正気なら絶対に考えられない。アルコールの力って偉大だ。
僕はベッドに腰を下ろして、見物することにした。
目の前ではアスランが勢いよくズボンを脱ぎ捨て、今度はシャツと格闘している。
……何かストリップっていうより、お風呂に入る子どもみたいなんだけど……。
「あ……」
いまのアスランには、袖も難関だったらしい。
外し忘れていた袖口のボタンが手首に片方だけ引っ掛かって、うんうんがんばっている。繊細な外見に似合わず、こういうところは妙に男らしいアスランは、力任せにシャツを引っ張っていたんだけれど、結局諦めたらしい。リールをつけた子犬を散歩させるみたいに、ずるずるシャツを引き摺って途方に暮れた顔で僕の方を見た。
「取れなかった?」
「うん……」
思い通りにいかなかったアスランは、少しだけしょんぼりしている。
「この服おかしい……」
いや、おかしいのは君の方だって、アスラン。
それでも唇を尖らせて文句をいう様がかわいくて、僕は笑みを向けた。
「おいで。取ってあげるよ」
「うん」
コシコシともう片方の手で目を擦りながら、アスランが近付いてくる。まるで小さな子どもみたいだ。
仕種も体つきも。
やってることも子ども並みだけど。
トレーニングはしてるはずなのに筋肉質にならないのは、ついてる筋肉の種類のせいだってムウさんが言ってたけど、それにしたって女の子より細いってどういうことさ。
そんなことを考えてるうちにも、アスランはずるずるシャツを引き摺って僕の方へやってくる。
足には白いくつした。
僕は鼻血を吹きそうになった。
裸に靴下って、なんかすごいエロいんですけど……。
でも、まるで頓着していないアスランは、そのまま真っ直ぐ僕の方へやってきて、そして。僕の脇を素通りし。ベッドによじ登ると、靴下をすぱぱっと脱いで、もそもそシーツの中に潜り込んでしまった。
「……アスラン?」
「うん……」
うんじゃありません。
まったく。
アスランはご丁寧にも僕に背を向け、シャツを抱き締めて眠ってしまった。
はあーあ。
こんなことだろうとは思ってたけどね。
ちろりとアスランの方を窺うと、シーツの固まりから蒼い髪が覗いている。
「…………」
本当に眠ってしまったんだろうか。
プレゼントのリボンか、ご馳走を包むアルミホイルを剥ぐみたいにしてシーツをめくると、当然ながら剥き出しの肩が出てきて、うわーってなった。
シャツを抱きしめて眠るアスランの、左半分だけがシーツからはみ出している(僕がシーツをめくったからなんだけど)
言うまでもなくアスランは、裸で裸で裸で。
尖った肩やら、すんなりとした二の腕やら、細い足やら足首やらが左半分だけきわどく露わになって、残りはシーツの海に沈んでいる。
やばいって。
しかもアスランときたら、んんっなんて言ってシャツに顔をすり寄せ、さらにぎゅーっと強くそれを抱きしめたりするもんだから、何か下の方に血流が……。集まってくるんだけど……。って言うか、犯すよ、アスラン。
ホントにもう、どうしてくれよう。
こんな無防備でかわいいアスランを誰にも見せたくない、独り占めしたいって思うのに、自慢したくてたまらなくなってきた。
いや、かわいいって言うよりきれいって言うのかな。身体のラインとか肌とか、何かすごくきれいなんだけど。
でもやっぱり、きれいって言うよりかわいいって言った方がいいかもしれない。アスランの寝顔って最強だから。
ディアッカあたりに言ったら、もの凄く怪訝な顔をされそうなだと思いつつ、僕は取り合えずとデジカメを引っ張り出した。
こういうものは記憶ではなく、記録にこそ残すべきだ。うん。
百聞は一見にしかず。これを見たらディアッカだって納得するだろう。見せないかもだけど。
そう言えば月にいた頃、アスランをモデルにして写真集を出したいってカメラマンの男が付き纏ったことがあったけど、あれっておばさんが断って正解だったんだよね。
別のモデルで出版されたけど、タイトルが「少女アリス」で、ヌードとかもあったような……。アスランは男の子だからさすがにヌードはないだろうけど、きわどい写真はあったかもしれない。
いまみたいな。
いまシーツの中に半分沈んでいるアスランは、女の子みたいって言うより、男でも女でもない別の生き物みたいだ。……酔っぱらいだけど。
そんなわけで、僕はパシャパシャ撮った写真にタイトルをつけた。
「スリーピングビューティ、あるいはスノーホワイト」
眠り姫の名前は確かオーロラで夜明けの女神と同じ名前だから、同じく夜明けを意味するアスランにはぴったりなんだけど、白雪姫も捨てがたかったんだよね。他にも白くて細い足が人間になったばかりの人魚姫みたいだとか、ガラスの靴も似合いそうだとかいろいろただれたことを考えたんだけど(自覚はあるけど、間違ってないって自信もある)、シンデレラはともかく、人魚姫の方はハッピーエンドじゃなかったから自分で却下。
その代わりってわけじゃないけど、いつかアスランにアンクレットをプレゼントしようって心に決めた。
細い金の鎖はアスランの足首に似合いそうだし、何よりアンクレットって奴隷の足かせから来てるって聞いたから。アスランがつけてくれるかどうかはわかんないけど。でもまあ、つけさせてみせるよ、なーんてね。
約束のキスをアスランの足首に落として、おやすみと僕はアスランに言った。
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