オーブのクリスマスに雪はない。南国に位置するこの国では、年中穏やかな気候が続き、季節感も皆無に等しい。ただ昼と夜に寒暖の差はあって、日が暮れると急に肌寒く感じる季節ではある。
そのせいか、真冬の国並みに恋人たちは寄り添い、イルミネーションも華やかだ。街はツリーとリースで飾られ、雪は降らなくても子どもたちは枕元に赤いくつ下を用意する。
クリスマスは本来、家族と厳かに過ごす日だとアスランは聞いた。
だからというわけではないが、アスランはアスハからの招待を断っている。キラが残念そうな顔をしたが、俺はいいからと言って途中でキラと分かれた。カガリからは施設の子どもたち全員に招待状が届いていて、子どもたちが出かけた隙に、こっそりキラとプレゼントを運び込んでいたのだ。
去年はふたりでツリーの下にプレゼントを並べたが、今年はキラとカリダに任せることになる。すまないなと言うと、まだ不服そうに、それはいいけどとキラが言った。
「カガリによろしくな」
アスハの家もオーブ軍の寮も出たから、いまはアパートでひとり暮らしだ。
このまま帰っても食べるものがない。何か買って帰るか、それともひとりで食事をするか……。
アスランは足を延ばして街に出た。
大きなプレゼントの箱を抱えたサラリーマンが家路を急ぎ、腕を組んだ恋人たちとすれ違う。それに目を細め、赤と緑で飾られた街をアスランは見渡した。道の向こうでは、ゴールドやホワイト、ブルーのイルミネーションが瞬いている。年によってイルミネーションにも流行があるらしいが、それでも赤と緑は外せないのだという。
そう言えば子どもたちへのプレゼントも、リボンは赤と緑と金色だった。
以前にも何度か行ったことがあるレストランへと向かう。しかし店は予約でいっぱいで、顔見知りのウエイターが申し訳なさそうに謝った。
「そうか、仕方ないな」
そうか、こういう日には予約するのか。
そんなことを改めて思いながら、街角のモニターからの「メリークリスマス!」に足を止める。
テレビではキャスターが、今日はいちばん大切な人と過ごす日だと言い、犯罪防止をうたうキャンペーンがあなたをいちばん愛してくれている人は誰ですかと問う。
あなたをいちばん愛してくれる人。
いまは誰だろう。
母が生きていれば母であることに違いないが、いまはそんな人がいるのだろうか。
父も母もないいまは、当然家族もいない。キラがそれに近い存在かもしれないが、キラにはキラの家族がいる。
「わあ、」
道行く人から歓声が上がり、アスランは顔を上げた。
はらはらと白いものが舞い落ちてくる。どこかの企業が企画したのだろう。人工の雪が大きなツリーの影から吐き出されている。子どもたちがはしゃいで雪を掴まえようと駆け寄り、恋人に寄り添う女の人が落ちて来た雪を手のひらで受け止めた。
この様子では、どこへ行ってもいっぱいだろう。今日はいつにない冷え込みだというのに、人波は増えてさえいるようだ。
アスランはアパートに向かった。
途中でレトルトを幾つか見繕って、何となく手にしたシャンパンを元に戻す。一緒に飲みたい相手がいないことはないが、いまは遠い。
久しぶりに電話でもしてみようか。
そんなことを思って苦笑した。
柄でもない。だいたい電話なんかしても話すことなんてないではないか。
ふと、足が止まった。
アパートの前にも大きなイルミネーションが飾られている。その横に、口をへの字に曲げ、ポケットに手を突っ込んで待つ人影があった。見るからにイライラしているのがわかる不機嫌さで、寒さのせいか、足元が世話しなく動いている。
「――シン」
「ちょ、遅いっすよ! アスランさん」
見るからに薄着で、肩に力が入って鼻まで赤い。
「お前、どうして……。寒くないか」
「寒いに決まってんでしょうが」
慌ててアスランは自分のマフラーを外して掛けてやった。いつの間にか見上げてしまっていることに気付いて、少し悔しい。
「あんた遅いし、オーブだってのに寒いし、なんなんすか、これ」
「今年は例年にない冷え込みだそうだ」
「先に言ってくださいよ」
「先にって、来るなんて言ってなかったじゃないか」
軍人には休日はあっても祝日はない。今日だって仕事だったはずだ。何故か、ぶすっとしたままシンが言った。
「急にカーペンタリアに出張が決まったんです」
「そうか」
それなら納得がいく。地球上なら移動時間が短縮されるから、一日か二日の休日さえあれば来れるのだ。
「でもおれ、クリスマスって忘れてて」
アスランは心の中で苦笑した。クリスマスだから会いに来てくれたというわけではないらしい。
いちばん大切な人と過ごす日。自分は何を期待していたのかと思う。
「……別にかまわないだろう?」
言うと、ますます不機嫌な顔になった。
「かまいます」
そして小さく、プレゼントも用意できなかったと付け加える。
さっきとは違う小さな苦笑をアスランは洩らした。胸の奥の方が、少しだけ温かくなる。
けれど絶対に、お前が来てくれただけで充分だとは言ってやらない。代わりに、お互い様だと言って、そして、シンの腕に抱えられたものに気付いた。
「シン、それ」
「シャンパンっす。さっきそこのコンビニで買って来たんです」
アスランが一度手にして戻したのと同じものだ。赤と緑の包装紙に包まれたクリスマスカラーのシャンパン。
アスランはシンを見上げた。
「それ置いて、先にどこかに食べに行くか?」
アスランを見下ろしてシンが言う。
「そんなのどうでもいいです。そんなことより、おれ」
あんたにさわりたい。
耳元でそっと囁かれ腰を引き寄せられて、アスランは小さくぐーで、シンの鼻先を撃退した。
Happy Merry Christmas.
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