シュッとドアの開く音がして、ネオは片目を開けた。
カーテンが揺れ、誰かが来たと知れる。壁に向かって横たわったまま眠った振りをしたネオは、訪問者によって確認され、きっちり締め直されたカーテンに、眉を顰めた。
なんだ、なんだー?
見られたくないのか、知られたくないのか。こっちのカーテンまでわざわざ締めるということは、この医務室でできる限りのプライベートを守ろうとしているのだろう。少佐と呼ばれるのも、あれこれ聞かれるのも面倒だから寝た振りをしたが、わざわざ眠っているのを確かめられるのも何だかねえと思う。
「アスラン」
隣の彼を訪問者が呼ぶ。声と気配から、訪問者がフリーダムのパイロットであることが知れた。
「包帯替えてあげるね」
おいおいそれは看護士か医者の役だろう。
そう思いはしたが、彼の意識が戻るまで、ずっと付きっきりでいたことを思い出し、少しだけほほえましい気持ちになる。いままでのようすから、隣の彼とフリーダムのパイロットである坊主が旧知の仲だというのはわかっていたから余計にだ。
なんかいろいろあったみたいだけどねえ。
彼はザフトにいたらしい。アークエンジェルはザフトとも敵対していたはずだから、一時は敵として互いに戦ったこともあったようだ。軍人として脱走はどうかと思うが、人としてなら彼らの互いを思う気持ちにエールを送りたい気もする。
「キラ」
「身体拭いてあげる。気持ち悪いでしょ?」
「すまない」
彼は素直にキラの好意に甘えることにしたらしい。介護だと思えば、彼にとってキラはいちばん心が休まる相手なのだろう。
ところがだ。
「キラ、そこは自分で」
「まだほんとじゃないのに何言ってるのさ」
「しかし」
「全部、僕にさせて?」
だんだん雲行きがあやしくなってきた。友人同士の会話にしては、なんていうか、こう。
「あ、……き、きらっ」
「きれいにするだけだよ?」
いったい何をしているんだ? いや、何をしようとしているんだというべきか。
さすがにベッドが離れているうえにカーテンがこっちと向こうの二重では気配までわからないが、何となくいけない方向に想像が羽ばたいてしまう。相手が女の子であれば、それこそやばかっただろう。
しかし相手はあくまで男の子で、友人同士(のはず)だ。時折苦しそうに掠れる彼の声が色っぽく聞こえるあたり、どうしようもない。欲求不満かねえと自分に苦笑したネオは、次の瞬間かたまった。
「身体をきれいにしたら、鎮痛剤挿れてあげるね」
囁くようにしてキラが言った言葉に、ネオはぎょっとした。いれるって何をだ!?である。
「キラ、……それは自分で」
慌てたような彼の声。少しだけ情けなく、泣きそうにすら聞こえるのは気のせいだろうか。
「点滴してるし、もう片方の手だって自由に動かないのにちゃんと自分でできるの?」
「できるから」
「奥まで入れないと出てきちゃうでしょ。あとで辛くなるのはアスランだよ?」
そう言われて彼は沈黙した。ネオも同時にシンとなる。
鎮痛剤に限らず薬の服用方法は様々だが、挿れるとなるとひとつしかない。……たぶん。
「こんなこと今更なのにはずかしいの?」
クスっとキラが笑って、拗ねるように彼が答えた。
「それとこれとは」
「はずかしいなら見ないようにしてあげる。横向いて、目閉じて。ね?」
「きら……」
「こうして抱いててあげるから、ちょっとだけ足開いてくれる?」
横を向いた彼の背中から、身体を重ねるようにしてキラは覆い被さっているのだろう。上のセリフは耳を噛むようにして、ささやいているはずだ。
「……ひゃっ」
「冷たい?」
「んっ あ、」
「こんなことくらいで涙目にならないでよ。我慢できなくなるでしょ」
「な……。ばか」
「眠れるまでついててあげるね」
………………。
何だか頭が真っ白になってしまったネオは、そう言えばと今更ながら思い出した。坊主ことキラは、彼ことアスランを医者に触らせることすらいい顔はしなかった。おまけに彼は、坊主を見て涙を流していたようにも思う。
「ゆうじん……?」
思わずカーテンの向こうを見たネオは、何となく前にもこんな思いをしたことがあるような気がして、しばし自分の過去について考えた。
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