長い息を吐いて、横になった。
「疲れた……」
自然にそんな言葉が出てくる。
父のこと、ラクスのこと、クライン派と呼ばれる人々のこと、これからのこと。
考えなければいけないことはいろいろあるのに、鎮痛剤が効いているのか、いまひとつ頭がはっきりとしない。
ぼんやりとアスランは閉じていた瞼を開く。
向かいのベッドは空だ。
キラはどこにいるのだろう。ラクスのそばだろうか。
自分ではだめなのだ。ラクスの父を、シーゲル・クラインを殺したのは自分の父親なのだから。
彼女を慰める手を自分は持たない。キラなら――
キラ……。
アスランは声にならない声でキラを呼んだ。
彼女は小さくて、キラの腕の中にすっぽりと収まって、やわらかくて、ピンクの長い髪をしていて。
自分と対だ似合いだと言われていたけれど、キラとだってお似合いだとアスランは思う。
「ッ……」
肩ではない、胸の奥の方が痛いような気がした。
きっとひとりには広い、この部屋がいけないのだろうと思う。暗い部屋にぽつんといると、自分だけが取り残されたような気分になる。
「この部屋、出なくちゃだめかな……」
だってキラにはラクスがいるのに。
そんなことを考える自分がいやで、アスランは頭からシーツを被った。寝てしまおうと思う。起きているから、こんなことをつらつら考えてしまうのだ。
疲れて、しかも鎮痛剤が効いているはずなのに、何故かアスランはなかなか寝付くことができなかった。
シュッとドアの開く音がする。
その足音はキラのものだったから、トリィが鳴いて、キラがシーッと言う前に、アスランはそれがキラだと気付いた。
「アスラン、寝てるの?」
小さな声でキラが聞く。
本当は起きていたけれど、アスランはそのまま眠った振りをした。
「アスラン?」
キラがベッドの縁に腰掛ける。
その気配に、ピクリと動いてしまったから、きっとキラは気付いたのだろう。アスランをシーツごと背中から抱きしめると、耳元で、お帰りと言った。
「…………」
シーツ越しに伝わるキラの温度。その温かさに泣きそうになる。
「お帰り、アスラン」
「キラ……」
シーツから少しだけ顔を出して、けれども背中は向けたままで、アスランはキラの名を呼んだ。顔を見てしまったら、崩れてしまいそうだったから。
「うん。遅くなってごめんね。こうして早くお帰りって言いたかったんだけど、まさかラクスがあんなものに乗ってくるなんて思わなくて」
いろいろやることがあったから、とキラが言う。
「彼女に……」
「ん?」
「彼女についててやらなくていいのか?」
できるだけ平静を装った声は、けれども少し掠れてしまった。
「彼女もいろいろあったみたいだね」
神妙なキラの声。ラクスのことを思うと胸が痛んだ。罪悪感と、それから少し違う何かで。
次の言葉を口にするのに、アスランは少しだけ勇気が必要だった。
「……おれのことを気にしてるなら、おれは別に」
「でもアスランにもいろんなことがあったよね」
「キラ……」
キラはシーツごとアスランを抱き締め、項に頭を預けてて言う。直接響く声は、いつもより低く耳に届いて、心を落ち着かなくさせた。
「ダコスタさんから聞いたよ。味方まで蹴倒したって?」
「あれは……」
「ムチャをして、傷だらけになっちゃって」
「その、ごめん」
「でも帰ってきてくれて、ありがとう」
「キラ……」
覆い被さって来る気配に顔を上げた。顔を後ろに向けると、キラの顔がある。
薄い明かりの下でキラが笑った。
「キスしていい?」
「でもお前、ラクスは」
「え?」
きょとんと見下ろしてくるキラに、自分の失言に気付く。アスランはいたたまれない気持ちになった。
「その……、すまない。いまのは忘れてくれ」
それに、クスッとキラが笑う。
「ラクスのことは好きだよ」
わかってはいても、真実を告げられると心が痛い。苦いものを飲み込んだような気分に、アスランは少し沈んだ。
そんなアスランに、キラが続ける。
「カガリも、マリューさんも、フラガさんも、サイもミリィもみんな好き」
「キラ?」
「でもアスランがいちばん好き。ごめんね、ずっとひとりにしてて、ついててあげられなくて」
「お前、何言って……?」
キラがぎゅっとアスランを抱き締め、胸に顔を預けてくる。
「うん。アスランがカガリやラクスについててあげなくていいのかって聞いたのは、アスランがついててほしかったからだよね?」
「そんなこと」
「アスランは強いけど、傷付かない人間なんていないよ、アスラン」
いないんだよ、とキラが言う。
「ごめんね、ずっとひとりにしてて。アスランがいちばんつらいときについててあげられなくて」
母を亡くしたときに、アスランのそばには誰もいてくれなかった。父も婚約者も忙しかったから。それは事実だ。でも。
「でも、おれもお前についててやれなかった」
「誘ってくれたじゃない」
「それは」
「ザフトに――プラントに行けばよかったとは思わないけど……」
キラは続ける。
「アスランとずっと一緒にいればよかったとは思うよ」
「キラ……」
「ごめんね」
そう言って謝ったキラの唇が、こめかみに落ちてくる。
こめかみの次は頬、額、鼻先、そして唇。くすぐったいようなキス。
「本当はこれ以上のこともしたいけど、アスラン怪我してるから」
「キラっ」
「一緒に寝ていい?」
返事の代わりに、アスランは身体を少しずらした。
「ありがと」
滑り込んでくるキラの気配。さっきと同じように後ろから抱き締められて、その腕の強さに泣きそうになる。
「これからは一緒にいようね」
ずっとね。
キラのやさしい声を聞きながら、ようやく眠れそうだとアスランは思った。
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