オーブとプラントの間に停戦協定が結ばれ、混沌とした世界は少しずつ落ち着きを取り戻そうとしている。両国を取り持ったラクス・クラインがプラントに戻り、請われて評議会議長に就任したのは少し前のこと。自国が戦場となったオーブも、戦場とはならなかったものの甚大な被害を受けたプラントも、ようやく復興の道を見出しつつある昨今。
アスランはアークエンジェルの窓から宇宙を見た。
部屋の隅に置いてある箱を見て、自嘲に似た笑みを浮かべる。デスクに置かれたそれは、ラクスから贈られたものだった。
ザフトの白服。サイズはもちろんアスランに合わせてある。
何かの間違いかと連絡したアスランに、多忙なはずのラクスが直接出て、抑えた声でこう言った。
『あなたにもぜひ手伝っていただきたいのです』
アスラン、とかつての歌姫が呼ぶ。
『しかし自分は』
二度も脱走したのだ。今更戻れるわけがないとアスランは思う。しかし議長である歌姫は、かつて誰からも愛された小首を傾げるポーズで、まあ、と言った。
『どうしてですの?』
どうしても何も。
『俺……私は二度も脱走していて』
どうしても目を逸らせてしまうのは罪悪感故だろうか。
あのときには逃亡しなければならない理由があった。それを後悔しているわけではない。しかし、だからといって、再びザフトに戻れるかと言えば、それはまた別の話だ。
――が。そんなアスランの躊躇いを、ラクスは一蹴した。
『いいではありませんか』
『へ?』
『政権が変われば組織も変わるものです。それにもともとザフトは、あなたのお父様がお創りになったも同然。そして評議会はお父様が。プラントはわたくしが、ザフトはあなたが変えて行けばよいのです』
『…………』
それはどうなのだろうと思ったが、ひとつだけわかったことがあった。
ラクスはアスランの言うことなんて聞きゃしない。
何を言っても無駄なのだ。たぶん。
もともと口がたつ方ではないアスランは、うまい反論が思い浮かばないまま流されて、プラントに向かっている。
ひとつ息をつき、気分を変えるためにシャワーを浴びた。シャワー室から出てきたときには窓から砂時計が見えて、なつかしさにアスランは目を細める。
もう戻ることはないと思っていたのに――
ガラスに手をあて苦笑を洩らすと、シュッとドアが開いて、キラが首だけを出した。
「何してるの、アスラン」
「いや、別に」
バスローブ姿だが、キラと自分の仲で慌てることもない。
何でもないと言うアスランに、キラは何か気付いたように笑みを浮かべたが、口に出しては何も言わなかった。
「あと一時間でアプリリウスに到着だって」
アプリリウス――プラントの首都。
「ああ」
「先にブリッヂに行ってるね」
あとでねとキラが言い、アスランももう一度、ああと答えた。
気が進まないというより、後ろめたさと罪悪感で重くなりがちな気分を抑え、アスランは箱を開けた。中にはきれいに折りたたまれた白い軍服が入っている。
――が。
「!?」
開いたカラーといい、ボタンといい、どう見てもザフトの白服ではあり得ない。どう見てもこれはオーブのそれだ。しかもアスランが、かつて着ていたものとは微妙に違う。
まさか。
アスランは部屋を飛び出しかけたが、バスローブ姿であることに気付いて踏みとどまった。
慌てて服を探す。しかしどうしたわけか、いままで着ていたものすら見当たらない。
「〜〜〜〜!!」
犯人が誰かなど考えるまでもなかった。
白服のかわりに置かれたオーブ軍服。その胸章が準将のものであることからも明らかだ。
迷ったすえ、仕方なく小さめのオーブ軍服を着てブリッヂに向かうと、思った通り、裾の長い軍服を着た茶色の頭が、通路の先でふわふわと浮いていた。
「――アスラン、早かったね」
「お前、それ」
「似合う?」
にっこり。
女の子が新調したドレスを見せるように、ザフトの白服を着たキラが、裾をつまんでアスランに見せ付ける。
「どういうつもりだ!?」
怒るアスランに、えー?とキラは不満そうに唇を尖らせた。
「だってアスラン、気が乗らないみたいだったから」
「だからといって、何でお前が」
「ラクスは喜ぶと思うけど」
「ラクスは喜ぶだろうが……」
確かに彼女なら、サプライズと喜ぶだろう。しかしだ。ずっと敵だったキラが、ザフト軍の、しかも白服を着てプラントの地に立つなど。
頭痛を覚え、指で眉間を抑えるアスランに、キラが言った。
「ザフトに戻っちゃやだって言ったら信じる?」
笑顔のままそう言われ、アスランは言葉を失う。そんなアスランに、キラが手を伸ばした。
「君、痩せちゃったからぼくのサイズでも入るんだね」
確かに袖や丈は短いが、思ったより肩幅もウエストもきつくはない。
アスランは息をついた。
「そういうことじゃなくてだな」
というか、入らなければ裸で放置されるところだったのだろうか。まさかと思いながら視線を上げると、細めたキラの視線とぶつかった。
「何かいいよね」
「何がだ」
まったく何を暢気なことをアスランは思う。するとキラが、アスランの襟を直しながら、こんなことを言った。
「ぼくの服を着てる君って」
「何を」
「アスランがオーブに戻ってくるおまじないみたいじゃない?」
迷信なんて信じているわけでもないくせに。
それでも怒る気がそがれてしまって、憮然とアスランは口を開いた。
「――勝手にしろ」
ザフトに戻ることだって自分の意志ではない。どうせ、なるようにしかならないのだ。
「うん」
やさしい指で襟をなぞりながら、キラが満面の笑みで唇を寄せてくる。
「勝手にするね」
唇に甘い息を感じて、アスランは目を閉じた。
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