『コイトカシツトムイシキトリカイ』



 少しばかりお酒が入って、皆で昔話をしていたときだった。
「あー、ソレすげーわかる」
 と陽気に同意したのはディアッカで、うんうんと感慨深げに頷きながら昔を思い出しているようだった。
「いまから思うとバカだったとは思うけどさ」
「でもオトコなんてそんなもんでしょ」
 大人のヨユーで結論付けたのはムウさんで、そんなものなのかとキラは思う。
 昔話からさらに進んで出会いの話になって。出会ったのが子どもの頃のコーディネイター組は、自然に話が幼年時代にまで遡り。
 そこから何故か初恋話になったのは、ディアッカが最初イザークのこともアスランのことも女の子だと思っていた、と言い出したからだったような気がする。イザークは子どもの頃からふんぞり返っていたからすぐに男だとわかってセーフだったとか、その点アスランは危なかったとか。子どもの頃は月で過ごしたはずのアスランも、何度かはプラントに戻っていたから、そのとき出会っていたらしい。
 危なかったって……。
 もう話は先に進んでいたけれど、キラとしてはどうしてもこの部分が気に掛かった。かと言って話を混ぜ返すのは、やぶ蛇にならないとも限らない。
 わかるけど。
 ジュースで割ったアルコールを舌先で舐めて、キラはチラリとディアッカを窺がった。
 遺伝子を操作されたコーディネイターは、そのほとんどが容姿も整っている。イザークの容姿からして"女の子みたいだった"子どもの頃を想像するのは容易いが、昔のアスランに関して言えば、誰よりもキラが詳しいと言えた。いまも美形だとか美人だと言われるアスランではあるけれど、子どもの頃は、ほんとうに女の子みたいだったのだ。
 って言うか、フツーに女の子だと思ってたし。
 ディアッカの場合、ザラ委員長(当時)の一子が男の子だと知っていたから一目ぼれ回避できたわけで、何の知識もなく、お隣さんとして紹介されれば、誰だって間違えるとキラは思う。後からアスランが男の子だと知って驚いたけれど、いまから思えばあれはびっくりしたというより、ショックを受けたに近かった。
 だいたいアスランは、キラが知る同世代の子どもたちとは全然違った。コペルニクスにコーディネイターはめずらしくなかったし、かわいい女の子もたくさんいたけれど、それでもアスランを最初に見たときのような強い衝撃は、誰を見ても感じなかった。
 アスランが男だったおかげで――
 あれが一目ぼれで初恋なのだと気付いたのは、ずいぶん後になってからだった。まさか自分が男を好きになるなんて思ってなかったから、あの感情も衝撃も、何もかもが別のものだと思っていた。
 自分がどうしようもなく彼のことが好きだと気付いたのはいつだっただろう。
 "アスランが男の子だと知ってびっくりした"は、"ショックを受けた"だったし、"誰を見てもアスラン程強い衝撃を受けなかった"は、"誰を見てもアスラン程かわいいと思えなかったから"だ。コペルニクスではずっとアスランにくっついて、いつも一緒にいた。人見知りが激しく用心深いアスランが、自分にだけは警戒心を持つことなく笑いかけてくれるのがうれしかった。
 アスランの笑顔が大好きだったから。
 だから、子どもの頃は好きな子の気を引きたくてちょっかいかけて泣かせてしまったとか、もう少し大きくなったら今度は困った顔が見たくてわざといじわるなことを言ってしまったとか。オトコたちの反省会兼思い出話は、知らない顔まで集まって、うんうん、そうそうという相槌の輪が広がっていったけれど。好きな人は大事にしたい、笑っていてほしいと願うキラは、そうかなあ?とこっそり首を傾げた。
「でもほんとうに泣かせちゃうと、こう胸がチクリと痛んでさ。なのに素直に謝れないんだよなー」
「ほんと、どうしようもねえよな、ガキって」
「自分のことだろ」
 とか何とか。男たちは分かり合って笑い合っている。
「キラはどうだったんだ?」
 突然話を振られ、キラは、え?と顔を上げた。
「僕?」
「そう、お前」
 ディアッカはいい感じに酔っ払っているらしく、グラスを持った手で陽気にキラを指差している。
「どうだったんだよ、月で」
 うーんと、キラは少し考えた。
 月といえば、もはやアスランのことしか覚えていない。
「好きな子の気を引きたいっていうのはわかるけど」
「けど?」
「僕はいっぱい話しかけたかな」
 たぶん、ここでいう"ちょっかい"の種類が違うんだとキラは思う。
 髪を引っ張ったり、わざと憎まれ口を叩いたりするかわりに、キラはいつもくっついてたし、ずっと話しかけたりしていた。誰にとは、アスランが嫌がるから言わないけれど。……って、いま、あれ?
「まあ、そうだろうなー」
 ニヤニヤ笑いながら、ディアッカはキラの肩に腕を回した。
「モテてたって聞いたぜ、アスランから」
「え? アスラン?」
 その名にドキリとして、キラは慌てた。さっきも嫌がるアスランの顔が思い浮かんで、何ていうか、ちょっとドキッとしたところだったから、余計に焦ったのかもしれない。
 それをどうカン違いしたのか、ディアッカはやっぱりニヤニヤ笑いながら、キラの耳元で囁くように言った。
「隠さなくたっていいだろ。人気者だったんだって? そうだよなー。どうせちょっかい掛けるなら、そっちに持っていくべきだったよなー」
 つまり、いじわるではなく、素直になれということだろう。だが、そんなことができれば、誰もあれこれ悩んだりしない。
 酒臭いディアッカに一瞬眉を顰めて、正直にキラは言った。
「人気者っていうか、話しかけやすかっただけみたいだけど」
 どちらかと言えば、モテてたのはアスランの方だった。
 確かに話しかけてくる子は多かったし、人の輪の中心にいる自覚もあったけれど、アスランを遠巻きにして憧れていたクラスメイトが多かったことも知っている。
「あー、アスランね」
 ここにはまだ姿を見せていない元同僚に、ディアッカは何故か渋い顔を作って見せた。
「アイツの場合、大事にしすぎて手も足も出せないってタイプだからさー。こーゆー、つい意地悪してしまうっていう、びみょーなオトコゴコロなんて理解できないだろうけど」
 でもさ、とディアッカはクダを巻くようにキラに続けた。
「でも、好きな子を泣かせてみたい、困らせてみたいって気持ちも、わからなくはないだろ?」
 好きな子を泣かせてみたい、困らせてみたいっていうきもち……。
 ここで、アスランの泣き顔を想像したキラは、何だかものすごくヤバイ気持ちになった。
 あのときの泣き顔ではなく、子どもみたいに泣くアスランを想像しただけなのに、何ていうか、いろんな意味でものすごくやばい。
 アスランとスルようになってからアスランの泣き顔なんていっぱい見たけれど。それでも泣かせたいなんて気持ちでシタことは一度もなく。
 それがたったいま、何ていうか違うスイッチが入ってしまったというか、違う岸辺に辿り着いたというか、気付いたというか。だいたい困らせたいっていうのも困った顔を見たいというのと同じなわけで、アスランの困った顔なんて……BOM!
「キラ?」
「あ、うん…」
 今度は何ていうか、ものすごくマズイ。
 あのときに、いろんなことを言わせたり、してほしいとねだったりはしたけれど、それはただ言ってほしかったから、してほしかったからであって、アスランの困った顔を見たかったからでは――再びのBOM。
「鼻押さえてどうした? キラ」
「あ…うん……」
 マズすぎる……。
 泣かせてみたい、困らせてみたいという気持ちにも、泣き顔を見たい、困った顔を見たいという心理にも同意したわけではないはずなのに、それでもアスランの泣き顔と困った顔をどうしようもなくいいと思うのも事実で。この違いって、つまり、故意か過失――ちがう、故意か無意識かというだけで、結局、行き着く先は同じとしか。
 いや、すればアスランが見せてくれるからしないだけで、もし見せてくれなくなれば自分だってするようになるような気がしないでもなくて自信もないから、やはりここはつまりどういうことかと言えば、もはやわけがわからない。
「何の話をしているんだ?」
 突如掛けられた聞き覚えのある声に、ディアッカもキラも驚いて振り返った。
「アスラン……!」
「楽しそうだな」
 遅れていたアスランがこのタイミングで現れて、しかもだ。
 そこで何でその笑顔なの、アスラン……!
 ただでさえアスランの笑顔は局地的に反則なのに、自分の知らない話で盛り上がってる?的な、どこか淋しげな笑顔はルール違反だと何度言えば――。一度も口に出して言ったことはないけど。
 そんなキラの葛藤とも言うべきあれこれに気付いていないディアッカが、ニヤリと笑ってキラに意味ありげなウィンクをして寄越す。
「まあね」
 わざと含んだように言葉を濁して。つまりはそれ以上、答えるつもりはないということだ。
「……そうか」
 って、だからなんでその笑顔っ
 ああ、とキラは思う。
 問い詰めたい。いますぐにアスランを逃げられないようにして問い詰めたい。
 何を話していたか知りたい?とか、君のことだよ?とか、聞きたい?とか言って、すぐに諦めてしまうアスランに、知りたくないの?と問い詰めたい。問い詰めて、ほんとうは気になって仕方がないだろうアスランから、不安な顔と本音を引きずり出したくてたまらない。
「アスラン」
「どうした、キラ。そんな顔して」
「きて」
「? いま来たところだぞ?」
「いいから」
 アスランの手首を掴んで人込みを掻き分けながら。キラは男たちのいう、ビミョーなオトコゴコロというやつを、たったいま頭とそれ以外の部分で理解した。

2010.5.30

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