キラ・ヤマトは、いま、この目の前にある現実が信じられなかった。
目の前には、キラのよく知る蒼い髪と碧の眸、ザフトの赤い軍服。どこからどう見てもキラの大切な幼なじみに見えるが、問題はそのサイズだ。
「ア、ア、アスラン……?」
「そうだ」
彼はふんぞり返って肯定するが、身の丈せいぜい三十センチかそこらというところ。赤ちゃんサイズにしても、まだ小さい。
「どうして……いつ……」
プラントに一旦戻ると言ったときは普通のサイズだった。
普通の、というとちょっと語弊があるかもしれないが、キラより少し背が高く、少しばかり痩せてはいたが、平均年齢に沿った身長をしていたはずだ。
それがプラントから戻ってきたと思ったらケガをして、そして何より縮んでいた。縮みすぎていた。ちょっと信じられないサイズだった。
キラは幼なじみの変わり果てた姿に涙した。
「か、かわいい……」
抱きしめて、すりすりする。
アスランはくすぐったそうにしていたが、小さな手で、その頬をぺちぺち叩いた。
「キラ、キラ」
「何、アスラン(かわいすぎて号泣)」
「あんまり触るんじゃない。これはザフトの新しい兵器なんだ」
「兵器?」
「撃たれたらこうなった。戦意と戦力を喪失させるのが目的らしい。今のところ伝染はしないようだが、念のため近付かない方がいい。もし細菌兵器なら」
「そんなことできないよ!」
キラは即座に否定する。
「だってアスラン、こんなに小さくてかわいいのに、さらわれたらどうすんのさ!」
「さらわれるわけないだろう。味方の戦艦(ふね)だぞ?」
「そんなのわかんないよ! 迷子になるかもしれないじゃないかっ」
「キラ」
呆れたようにアスランがキラの頭をポンと叩く。
「泣くな」
そう言ったアスランが、キラの頭をちっちゃな手で抱えて、こめかみにキスをする。
もはやメルヘンなのかファンタジーなのか愛の劇場なのかわからない展開に、金縛りにあっていたアークエンジェルのクルーたちは、ここにきてようやく我に返った。
「――確かに効果は絶大だわ……」
ラミアスは遠い目をしていた。
「ホントにねえ」
同意したのはフラガ少佐だ。
見てるだけで戦意がかなり喪失することを身をもって知ったクルーたちだが、それ以上に痛いのは縮んだのがジャスティスのパイロットだということだ。このサイスでは、彼がいかに優秀なパイロットであったとしても、操縦するのは不可能だろう。
そのあたりのことを察したらしい。アスランが、側でこれまた茫然と成り行きを見守っていたディアッカに顔――だけでは足りず身体ごと向けた。
「ジャスティスにはディアッカが乗ってくれ」
「――いやだね」
即答。
そう言われたのは二度目だ。二度目だから、あえて理由をアスランは聞かなかったが、もし聞かれたらディアッカは、後ろで睨んでるヤツがいるんだよと答えたことだろう。
「いまジャスティスを失うのは、あまりにも痛すぎるわ」
アスラン君の腕も、とラミアスは付け加える。
それに、うむ、と一人前に両手を組んで、アスランは考え込んだ。
「――誰かが膝に乗せてくれれば、このサイズでも戦えないことはないと思うが」
「ヒ、ヒザっ!?」
その場にいた全員が、自分の膝に乗って、この小さなアスラン・ザラがコクピットにいるところを想像した。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
あるものはかわいいと涙し、あるものは幼年学校かよと呆れ、またあるものは鼻血を出したという。
しかし、あまり物事に頓着しないアスランは、そんなことなどお構いなしに話を進めていく。
「そうだ。高さはちょうどそれくらいになると……」
「だめだ、だめだ、だめだよ、アスラン!」
当然のようにキラの断固とした反対意見がこだまする。
「しかしキラ、他に方法がないだろう?」
アスランはキラの説得に入るが、それ以前に、そのアイディアはどうだろうと、心の中でクルーたちは思った。物理的には可能だろうが、現実的にはどうだろう。
が、フリーダムのパイロットは、ことアスランに関しては、狭い視野の持ち主だった。
だったら!と、拳を握りしめる。
「僕が! 僕の膝に乗ってよ、アスラン!」
しかしこのキラ決死の申し出は、アスランが苦笑とともに却下した。
「お前にはフリーダムがあるだろう?」
「でもっ 誰かがアスランを膝に乗せるなんて、そんなっ えっちなことをされたらどうすんのさ!」
痴漢呼ばわりかよ……。
クルーたちは一斉に脱力した。
ちっちゃなアスランが、ちっちゃな溜め息をついてたしなめる。
「キラ」
「何、アスラン」
「そんなことをするのはお前くらいだ」
ごもっともである。だいたいこんな小さな子に痴漢行為を働いたら、ただの犯罪者ではないか。前のアスランならいざ知らず。いや、前のアスランでも痴漢はりっぱに犯罪だが。
「アスランってば自覚がなさすぎるよ!」
「キラ」
「こんなにちっちゃかったら、そりゃ最後まではムリだろうけど、でもっ その分、抵抗できないじゃないかっ!!」
「キラ、お前、そんなことを考えていたのか?」
「だってアスラン、やっと帰って来たと思ったら、こんな姿になっちゃって。そりゃ、かわいいけど、でもアスランが帰ってきたら、いっぱいやりたいことがあったのに」
アスランの目がすがめられる。
「ほう?」
「アスラン、小指くらいなら大丈夫そう?」
ガツ。
アスランの小さな足が、キラのアゴにヒットした。
「俺はエターナルにゆく」
「あ、あすらん……?」
「頭を冷やせ、キラ」
「アスラン……」
小さなアスランは小さいながらも、ふわふわと通路を泳いで出口に向かう。ちょうどクサナギからやってきたカガリと出口で再会したアスランは、自分をキャッチしたキラの双児の兄妹を見上げた。
「アスラン、ほんとに縮んだんだな」
「そんなことはどうでもいい。カガリ、悪いがエターナルに連れて行ってくれないか?」
「あ、ああ。それはかまわないけど……」
後ろのアレはどうすんだ?とはカガリは聞けなかった。
後ろには、涙を滂沱(ぼうだ)と流しているキラ・ヤマトの姿がある。
「知らん」
冷たく言い放つアスランの後ろで、アスラン……というキラの声がむなしく響いた。
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