クサナギからアークエンジェルに戻ったキラには、考えなければいけないことが山のようにあった。
カガリと自分のこと。オーブのこと。ラクスのこと。そして、アスランのこと。
答えは出ている。だから自分の未来(さき)に迷いはない。けれどわからないことはいっぱいあった。
アスランを行かせていいかどうかということも、そのひとつだ。
「――シャトルの許可が出たよ、アスラン」
少し躊躇ってからコールして部屋に入る。わざと何でもないように明るい声を出したけれど、本当はまだ迷っている。
行かせてあげたいという気持ちと、行かせたくないという想い。
いわゆるジレンマ。
相反するこの気持ちだけは、どうしようもない。
キラの部屋にいたアスランは、少し俯きがちに、すまないと言った。
「二時間後には準備が整うそうだよ」
アスランをプラントにやるということに反対の声がなかったわけではない。しかしジャスティスを置いていくということが決め手となった。
「でもどうやってプラントに? オーブ製とはいえ、シャトルは地球のものだし」
「正面から入る。武装もしていないシャトルをいきなり攻撃してくることはないさ」
「アスラン……」
キラはアスランの手首を掴んだ。
行かせたくない。この手を離したくない、本当は。
「大丈夫だよ、キラ。必ず戻ってくるから」
キラを安心させるように、アスランが笑みを向ける。
その言葉を信じていないわけではない。信じていなければ、例えアスランの願いでも聞き入れたりはしない。けれども世の中に、絶対ということはないのだ。
「ほんと言うと」
キラは口を開く。
「行かせたくない。でもアスランを信じているから」
「ああ……」
唇が感じる距離で囁いて、触れ合った。
やっと触れ合うことができたのに、アスランはまた行こうとしている。
プラントへ。いまは敵対することになった父のもとへ。
アスランの説得に耳を傾ける程、甘い人ではないということをアスランだって知っているのに。
それでも、行かなければならないとアスランは言った。
「アスラン、いい?」
ジャケットをたくし上げ、耳を甘噛みしながら聞くと、身体を引いたアスランが、シャワーと言った。
「シャワー浴びてない、キラ……」
「いいよ、そんなの」
「よくないよ」
「いいよ。アスランの匂い好きだもん」
首筋にキスをして、鎖骨に舌を這わせる。そうしている間にファスナーを引き下げ、手でアスランのものに触れた。
ぴくりと身体を震わせ硬張らせたアスランが、どうしようもなくかわいくて、愛しいとキラは思う。
触れ合ったのは二度め。
彼はまだ、あまりにも慣れていないのだ。
「キラ、ベッドに……」
立っていられなくなったアスランが、潤んだ目で懇願してくる。
泣きそうなその顔はかわいそうな子どもみたいで、ひどくキラの腰にきた。
「もうちょっと待って?」
「いまがいい……」
「立ったままイクの、いや?」
「……いっしょがいい」
真っ赤になってか細い声で、そんなことを言うアスランにたまらなくなる。
思わず顔を見ると、潤んだ視線を逸らして唇を噛み締め、小さく震えている。
いつだって自分の要求を口にしない彼が、これだけのことを言うのに、いったいどれほどの勇気がいたことだろう。
彼もまた、離れがたいと思ってくれているのだろうか。
キラは、ぎゅっとアスランを強く抱き締め、蒼い髪に顔を埋めた。アスランの匂いがする。
「アスラン、大好き」
「おれ――おれも」
「うん」
キラのキスに、おずおずと応えてくれるアスランのたどたどしさがキラを熱くさせた。
昔から何でもできて、しっかりものだったアスランの、臆病で不器用な一面。優秀なコーディネーターのくせに、これにだけは慣れてくれない彼の、意外な幼さと、それでも懸命に応えてくれようとする生真面目な誠実さ。
思わぬところで発覚した彼の弱点が愛しくて、誠実さがうれしくて、キラは心から彼を守りたいと強く願う。
「待ってるから」
「うん……」
何のために戦い、何と戦うのか。
答えは出ている。けれども大義とは別に守りたいものがある。
「あ、あ、」
アスランがキラの下で身体を逸らせ、きつくシーツを握り締めた。
「アスラン、アスラン」
「きら……っ」
ぎゅっとしがみついてくる、アスランの熱。溺れそうになりながら、キラもまたアスランを強く抱き締める。
「言っちゃあ悪いんだけどさ」
そう言ったのはフラガだった。
「大丈夫なのかねえ? 彼は誠実だし頭も良い、しっかりもしている。でもまだ十六歳だろう。信用していないわけじゃあないが、肉親の情に流されたりしないか?」
「少佐」
傍らで咎めるように言ったマリューも、心配はしていた。
「彼にその意志はなくても、拘束されるということは充分考えられるわね」
それに、きっぱりとキラは言った。
「大丈夫ですよ、アスランは」
フラガは肩を竦める。
「えらく信用してるんだな、坊主」
「信用もしてますけど、わかるんです。アスランはきっと僕のもとに帰ってくるって」
果たせなかった約束なんて幾らでもある。けれども彼がたがえることはないだろう。
プラントでもオーブでもアークエンジェルでもなく、ただアスランの還る場所は自分の傍らだと、そうキラは思うから。
「待ってるから」
「うん……」
短い約束。短い言葉。
他愛ないと言われれば、それだけの。
でもいまは、それだけで充分だった。
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