oedipus


 それで、とピンクの髪の少女が言った。
「マルキオ様は彼をどう思いまして?」
「彼?」
「アスランですわ」
 にっこりと少女は微笑む。
 彼女をよく知る人であれば、その笑みが以前とは少し違うことに気付くだろう。
 何が、という程の変化はない。だが明らかに違う何か。しいてあげるなら、纏う空気のようなものか、或いは。
「彼もまた、シードを持つものだとおっしゃったのはマルキオ様でしょう?」
 少女はあくまで穏やかだ。穏やかにたおやかに、口許には笑みさえ浮かべて超然と佇んでいる。
「彼はあなたの婚約者でしたね、ラクス・クライン」
「はい。私とは対になるものですわ」
 ラクスと呼ばれた少女は、尚も微笑む。
「……と、言われておりましたの」
 遺伝子の相性による婚姻。プラントにおける婚姻制度で、ラクスとアスランは対になる遺伝子の持ち主とされた。
 見えない目を空に向けて、窓辺に立つマルキオは抑揚のない声で静かに言った。
「彼はまだ幼い」
 まあ、とラクスは以前のような声を上げる。
「彼はザフトのエースですのよ。トップガンだと言われて」
 では、とマルキオが応えた。
「彼のシードがと言い直しましょう。あなたとて、気付いておられるでしょうに」
 それには答えず、ラクスもまた窓辺に向かった。
「雨になりそうですわね」
「嵐になるでしょう」
「――オーブは持ちこたえるでしょうか」
 地球連合がオーブに事実上の宣戦布告をしたことは知らされている。
「それが運命であれば」
 マルキオが静かに応えた。
「運命――」
 ラクスは呟き、空を見上げる。口許には笑み。

 ――キラ、あなたのアスランはそこにいて?

 それが運命であれば、アスランはキラのもとにいるはずだ。
 運命というプログラム。或いは呪い。遺伝子に組み込まれたそれは、月で二人を引き合わせ、敵対してもなお呼び合うように仕向けられている。
「……お茶を入れましょうか、マルキオ様」
 ラクスもアスランもキラをベースに作られた。ことにアスランは。
「きっとオーブは大丈夫ですわ」
 アスランはキラのかけら。
 彼は知らず本体に焦がれ、守り、認められようとする。そして、それはキラも同じこと。キラはいつも満たされず、かけらを求めてやまない。

 でも、とラクスは思う。
 かけらは本体を離れてしまった時から、一個の個性として自我を形成し始める。
 双子が違う人格を持つように、やがて子が親離れするように。
 月で一緒に育ったというアスランは、ずっとキラのそばにいたことだろう。それがいまになって、彼にも幼い自我が芽生えようとしている。

 キラを、本体を自らの手で殺したことによって。

 キラの欠陥を埋めるように作られたアスランと、それらの完全体である自分。ラクスがアスランと対なのは、ラクスが“キラ”の完全体だからだ。
 でも、きっと。
「大丈夫ですわ……」
 見上げた空は暗く、風が強い。嵐が来ようとしている。



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