『おやすみ』


 夜。
 正しくは夜と定められた時間にアスランは、ふと目を覚ます。
 寝返りを打てば、隣のベッドにはキラの姿。
 疲れているのか、ぴくりとも動かない。
 アスランは起き上がり、裸足のままそっとベッドを降りた。
 微かな明かりはやさしいオレンジでキラの肌に映えるのに、アスランは急に不安で震えそうになる。
 すべては夢だったのではないだろうか。
 いまAA(ここ)にあることも、共に戦っていることも、キラが生きていることも。
 自分はまだザフトにいて、特務隊として任務についているのではないだろうか。それともカーペンタリアのベッドの上か。
 アスランはそっとキラの顔を覗き込み、安らかな寝息を確かめ、ほっとした。
 何度も繰り返された行為。
 キラが眠るたび不安になるアスランは目を覚まし、キラの無事を確かめずにはいられない。
「よかった……」
 誰にともなく呟いて、アスランは目を閉じる。
 今日も夢は覚めない。
 覚めない夢に、ほっとする。
 アスランが自嘲に似た小さな笑みを口許に浮かべ、再びベッドに向かおうとしたとき、寝ているはずのキラの手がアスランの手首を捉えた。

「え……」
「寝てると思ってた?」
 アスランの手首を掴んだまま、キラが上体を起こす。
「いつから……?」
 気付いていたのかというアスランの問いに、キラは笑んだ。
「けっこう前かな」
 キラが言っているのは今日だけのことではなく、アスランが問うたのもいまだけのことではない。
「……そうか」
 苦く笑ったアスランの手首を、キラは自分の方に引き寄せた。
「――え?」
 バランスを失ったアスランの身体が傾ぎ、キラの胸の中に崩れ落ちる。
 突然のことに瞬きを繰り返すアスランに、キラは笑みを向けた。
「僕はここにいるよ」
「キラ?」
「ここにいるよ、アスラン」
 温もりと心音と、何より確かなキラの声。
「……そうだな」
 ほろ苦く笑ったアスランの顔を、キラは下から覗き込んだ。
「おいでよ。一緒に寝よう」
 昔のように。
「ん……」
 手を繋いで肩を寄せ合って、このまま。
「おやすみ、アスラン」
「おやすみ」
 たぶんこの夢は覚めないだろう。
 いつもより少し深い眠りに誘われながら、アスランはそう思う。
 キラが連れて来た夢なら、覚めることはない。
 眠る額にキラの唇を感じたような気がして、アスランは小さな笑みを洩らした。
 確か以前にも、似たようなことがあったような気がする。
 繋いだ指は、たぶん、もう離れない。

2003.12.20


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