「大丈夫か?」
心配そうに君が聞く。ここ最近、調子が悪い僕を気遣ってのことだけれど、心配症の君にそんな顔をさせたくなくて、僕は安心させるように笑いかけた。
「うん。僕よりアスランの方が大丈夫なの?」
最後の方はこそっと耳打ち。アスランが真っ赤になって俯く。
「だい…じょうぶだ。少しは馴れたし、鎮痛剤も貰ってるから……」
本当は肩の銃傷のためのものだけれど、それよりたぶん、他の痛みの方がアスランにはきついと思う。思うっていうか、心当たりがあるっていうか、自覚があるっていうか。
できるだけやさしくしたいと思ってるし、傷付けないようにも心掛けてるけど、どうしても止まらなくて、その、ちょっと無茶をしてしまうことがままあって。それで、その、アスランはときどきつらそうなんだけど、でもやっぱり我慢できなくて。
だって十何年越しの恋が実ったんだよ? お互いに友だちだからって諦めて、しかも三年ぶりに再会したと思ったら敵同士で、殺し合いまでして。それが実ったんだ。奇跡だと思わない?
告白は意外なことにアスランからだった。
お父さんと話し合うために一旦プラントに戻るって言い出した彼を送る途中、覚悟を決めていたのか、アスランがいきなり、「前に言ってたあれだけど」なんて言い出したんだ。
実はそのとき僕は、彼が何を言いだしたのかよくわかってなくて、前って?あれってなんだ??なんて思ってたんだけれど、あまりそういうことが上手じゃない彼が、ぽつりぽつりと言い出したのを、じっと辛抱強く聞いていた。
『……前に言ってたあれだけどな』
『うん?』
『その、俺は……お前ならいいから』
聞き取れないくらい小さな声で言われて、それでも僕は、そのときにはまだ君が何を言っているのか、わからなかったんだ。
あ!って思い至ったのは君が見えなくなってから。もし、あのとき気付いてたら、絶対に君を行かせたりしなかった。
前に、男が男に惚れるっていう話をディアッカたちとしたことがあって。ああ、そう言えばアカデミーのときそういうアンケートがあったなって、ディアッカが言い出して。
『アンケートっつーか、人気投票? 抱かれてみたい教官とか先輩とか』
『男同士で!?』
サイが大げさに驚いた顔をして、ディアッカが苦笑してたっけ。
『お遊びだからねー。女っ気も少ないし』
『ディアッカも答えたわけ?』
そしたらディアッカが、ニヤリと笑って、親指で後ろを指したんだ。
『俺はあいつの方が興味あるね』
って。突然言われた君はきょとんとして、墓穴を掘った。
『なんの話だ、ディアッカ?』
何も言わなかったらそのままだったのに、わざわざ近付いてきて律儀に君が訊ねたもんだから、ディアッカが説明した。
『──で、そんときお前は何て答えたのか知りたいって話』
君はやっぱりきょとんとして、少し笑った。
『答えてない』
『って?』
『あれは任意だっただろう? だから答えてない』
まあ、当時アスランには婚約者がいたわけだから、あえて聞く人もいなかっただろうし、答えようもなかっただろうけど。そしたらここでディアッカが、少し考えたあと、ニッて笑って質問を変えた。
『任意じゃなかったら答えてたってわけだ』
『──え?』
『じゃ、アークエンジェルとエターナルとクサナギ。その中に抱かれてみたいヤツっている?』
あのときの君ときたら、最初なにを言われたのかわかってないって顔で、そのあと耳まで真っ赤になって俯いて。言い出したディアッカまで驚いたくらいで。僕はと言えば気が気じゃなかった。でも、そのあとすぐにアラートが鳴ったから、それについてはそのままだった。
君が別れ間際ぽそぽそ言ってたのは、たぶんこれのことだ。
『抱かれてみたいって言うより、抱かれてもいいって感じじゃないか?』
って、何故か生真面目にサイが言い直してて、最後には、誰になら抱かれてもいいかって話になってたから。
そして傷だらけになった君が僕のところに戻ってきたとき、僕たちは離れられなくなった。
溺れるって、たぶんこういうことを言うんだって思った。
君に溺れて、セックスに溺れて、離れていられなくて。戦闘の興奮のまま抱き合った。どんなにむさぼり合っても足りなかった。未来どころか明日のことすらわからない不安の中で、明日にはいないかもしれない君を確かめたくて。そういうふうにできていない君の身体に、無理をさせていることはわかっていたけど。でも。
「痛くしてごめんね」
言うと、再び君が赤くなった。
「そんなこと言うな」
「うん。でも痛いだけじゃないって言ってくれたよね?」
「だから、そんなこと聞くなって」
上目遣いにうらめしそうに言う君の、耳もうなじも真っ赤になってる。
まだ慣れていないときはほんとうに辛そうだったから、躊躇うときもときどきあって。そんなときには君が、大丈夫だからって言ってくれた。お前とこうしてるのがうれしいって。
アスランとこうなったのが、ザフトも連合軍も動きのないいまでほんとうによかったと思う。もちろん前線だから緊迫もしてるし、偵察のためにMSで出撃したり訓練も怠ってないけど、戦闘よりは全然マシだ。いや、むしろ戦闘に追われてた方が止まらなかったかもしれない。いまはお互い少し慣れて、アスランも前ほどは辛そうではなくなったけど。
ふと気付くとアスランの顔が間近にあって、彼が僕の顔を覗き込んでいるのがわかった。
「どうしたの、アスラン」
ちょっと笑って聞くと、アスランが真剣な顔で僕を見ていた。
「おかしいぞ、お前」
「そう……かな」
なんて言ったけど、自分でもちょっとおかしいかなって自覚はあった。
貧血とは少し違う。でも、なんか頭がクラクラして足元がフラフラして、息も荒い。熱があるんだろうか。
体調はここのところよくなくて、どんどん疲れがかさんでいくっていうか、マズイかなって自覚はあったけど、でも身体の負担はアスランの方が上のはずだし、いまは戦闘もないから、けっこう寝てるんだけどな。
「顔色も悪いし」
「あ、うん」
「キラ?」
ずるっと何かが落ちる感じがして、途端に目の前が真っ暗になった。
「おい、キラ、キラ!」
誰かがアスランの声に気付いて、どうしたんだ?って近付いてくる気配がした。慌てたアスランが、キラがって叫んでるのがわかる。
ああ、大丈夫だよアスラン。そんな声で呼ばないで。そんな泣いてるみたいな。
でもおかしいな。君の声がだんだん小さくなって、大丈夫だっておしえてあげたいのに、目が開かないんだ……。
「この、バカッ!」
フェードアウトした意識が戻って、心配そうに覗き込むアスランの顔に笑い掛けた途端、ものすごい声が上から降ってきた。
「やりすぎだ、このバカ!」
「ムウさん……」
真上にはアスランの顔とムウさんの顔。あの声はムウさんかと納得して再び目を閉じかけて、ぱちっと目を開いた。
やりすぎ??
何を言われてるかわからなくてムウさんの顔を見ると、呆れたように息をつかれた。
「離れがたいのはわかる。君たちは特にいろいろあったし、ハマる時期ってのもあるけどな。だからって少しは体力を考えて加減しろ」
あ──
「アスラン何かあったの!?」
加減と聞いて真っ先に浮かんだのは彼のことだった。けれど、アスランが困ったように小さく首を振って、再び僕はムウさんに叱られた。
「彼のことじゃない」
「でも」
「倒れたのは坊主、君の方だろう」
言われてみれば──
ムウさんは再び息をついた。
「彼の方もまあ、よくはないが、このコは軍人だし基礎体力が違う。それに血の巡りがよくなって、よく眠れてるはずだ」
問題は、とムウさんが続けた。
「君な、やってすぐ寝てるだろう」
「え? え??」
「疲れてるとやりたくなるのはわかる。戦闘後は特にそういうことになりやすいし。だからそのまま寝てしまうってのもわかるがな」
はい。
「それじゃ体力が回復しない。余計もってかれるんだ」
「って……」
「いいか。やるなとは言わん。言わんが、これからは少し休んで体力を回復させてから寝ろ」
あと、もう少し回数を減らすんだな。いくらコーディネイター同士だからって、うんぬん。
何で俺がこんなことまで、と情けなさそうに垂れながら、ムウさんは退室した。
つまり、出したあと、すぐにばったり寝てしまってたのがまずかったらしい。出したあとは少し身体を休ませてから寝ないと、体力が回復しないと。で、積もり積もって倒れたと。
傍らには困ったような顔をしたアスランがいて、僕も少しばかりバツが悪くて困ってしまったけれど。それよりもいま直面している大問題は、ムウさんが言うように、回数を減らせるんだろうかということだった。
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