着艦してすぐにシンはその人の姿を探した。セイバーは先に帰還している。
セイバー──あの人の駆る機体。紫のパイロットスーツをすぐに探し当てたシンは、慌てて後を追った。
MS戦のあと。まだ収まらない興奮がシンの中の何かを急き立て、熱を解放したくてたまらなくなる。
「アスランさん!」
まさかこんなに早く追ってくるとは思わなかったのだろう。
ドアが閉まりきらないうちに追いつき、後ろから抱き締めたシンに、驚いた顔が向けられた。
「シン!?」
アスランが、あっと声をあげる間もなく、何か言おうとした唇を自分のそれで塞ぐ。
「ん…っ」
一旦離した唇を再び重ねて強引にむさぼると、大きく息をついたアスランの身体から力が抜けた。その身体を支え、彼に頬をすり寄せたシンは、耳元に近付けた唇で、睦言のようにそっと彼に訊ねた。
「──舌入れたらいくらでしたっけ?」
ほうっと息をついたアスランが、押さえた声で答える。
「……20アースダラーだ。シン」
20アースダラーと言えば、ハンバーガーが10個は買える値段だ。
「高いっすよ」
唇を尖らせ文句を言うと、アスランが碧の目でシンを見上げて意地悪に笑った。
「いやならやめるんだな」
俺は別にかまわんが。
わかっていて、わざとこんなことを言うのだ、この人は。
ことのはじめは売り言葉に買い言葉というやつだった。何だか焦ってうまくいかなくて、ただでさえ落ち込んでいたところに文句を言われてむかついた。
『そんなに言うんなら、あんたがおしえてくださいよ!』
何しろベッドの上だ。ただでさえ相手の方が年上で上官だというコンプレックスもある。その上、あーだこーだと文句を言われ、ぶち切れた。
隊長?と嫌味を言うと、気に障ったらしい。ピクリと引きつった顔で、わかったと言ったこの人は、俺は高いぞと言ったのだ。
『ちょ、カネ取るんすかっ』
『まず会うまでに3回掛かる』
『って、あんた』
『そして俺が嫌ならやらない。それにキスもなしだ』
『どこの高級店っすか、それ』
『オーブ式だが?』
にっこり。
確かにオーブには、そういう格式の見世があるのは事実だ。
そう言えばこの人はアスハの家にいたわ、もともとが名門の出だわで、いろんな感覚がシンとは違う。
これだからエリートは。ブツブツ。
シンはふてくされて顔を上げた。
『おしえてくれなくていーです』
ぼりぼりと頭を掻き、水をさされた形になったが、ここでやめられるわけもない。続行しようと押し倒すと、はいとアスランが手を出した。
『……なんです、この手』
『俺はやめるとは言ってない』
シンは再び頭を掻いた。意外に頑固なところのある人だから、おそらくへそを曲げたのだろう。こういうときは折れるに限る。
『もういいです。おれが悪かったって謝ります。だいたいおれ、カネないですし』
素直に言うと、アスランが少し驚いたような顔を向けた。
『……給料日はこの前だっただろう』
『バイク買ったりいろいろしてて、そのローンが』
言い訳のように言うと、アスランが考え込むように視線を落とす。
『アスランさん?』
ぶつぶつと何か言ってる人の顔を、シンは覗き込んだ。おもむろにアスランが顔を上げる。
『わかった。ランクを下げよう』
『──はい?』
『キスは10アースダラー、指を入れるのは30で、本番は100だ。セット料金はなし。二回目からは──』
『ちょっ、あんた何言ってんすかっ』
『借金があるのに、よくプロポーズできたな』
『借金って、ローンって言ってくださいよ!』
『どっちにしろ貯金がないのは確かだろう。貯金もないのによく』
『って言うか、あんた、オーブで何してたんです?』
というわけで。あれよあれよという間に細かいメニューが作られ、今日に至っている。
シンにしても歯止めがきかない年頃だから、キスマークは罰金だとか、3回以上は割り増し料金だとか、そういう制度にしていてくれた方がセーブできてよかったのかもしれない。……たぶん。というか、アスランの負担を考えれば間違いなく。
いやならやめるんだな。
そう言われ、シンはむっと言い返した。
「でもよかったら返してくれるんですよね」
「よかったらな」
余裕の顔での、再びの笑み。ぐっとシンは拳を握り締めた。
「今日こそ、あんたにイイッて言わせて見せます!」
この前は、大きな声を出したこの人が、部屋に戻ろうとしたシンに、何だか怒ったようなバツの悪そうな顔で、黙って20ダラー返してくれた。
「この前も返してもらいましたし」
エースの顔でニヤリと言うと、真っ赤な顔で文句を言う。
「あ、あれはまぐれだろう!」
「今日も返してもらいますか……」
ら。
ばふん。
言い終わらないうちに、アスランの投げた枕がシンの顔面にヒットした。
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