『落 花』


 父と再会したときの違和を、アスランは払拭することができなかった。
 漠然とした不安。これでいいのかという疑問。
 父はプラントを、コーディネーターを、どこへ導こうとしているのか。軍が政権を握る国の悲劇は歴史が証明している。

 破滅だ。

 アスランは爪を噛んだ。
 同時にシーゲル・クラインの言葉が脳裏に甦る。
「我々は滅びの種なのかもしれない」
「滅びの種、ですか」
 尋ねるアスランに、シーゲルは自嘲に似た笑みを向けた。
「自然淘汰という言葉は使いたくないのだがね。自身を否定することは、私とて辛い」
 我々は生まれてきてはいけなかったのだと、彼は言おうとしているのだろうか。我々コーディネーターは。
 彼の顔色は悪く、疲れが見えた。少し痩せたのかもしれない。いや、やつれたというべきか。

「すでに我らは行き詰まっている」
 呟くように言った彼に、前最高評議会議長の果断さはもはや見受けられなかった。そんなシーゲルを、父は老いたと決め付けた。
 だが――とアスランは思う。コーディネーターの老いを見たものはいない。ジョージ・グレンが暗殺されてしまった故に。
「婚姻制度をしかねばならぬほど我らの出生率は低い」
 それはアスランも知る事実だった。
 三世代目のコーディネーターはほとんど生まれていない。生殖機能に異常がないにもかかわらず。
「娘を頼むよ、アスラン。君の父上と私は道をたがえたが、君と娘は違うだろう?」
 シーゲルの言葉に、アスランは苦く笑った。
「はい……」

 プラントから地球――アプリリウス・ワンからカーペンタリアへ。再び前線へとアスランは向かう。
 前はニコルが一緒だった。いまは一人だ。勲章も新機も何もかもがアスランには重い。
 人の死という重さ。或いは命か。親しいものの喪失は、自身の一部を失くすに等しい。
 まして自分が奪った命と、自分のせいで失われた命であれば余計に。

 カーペンタリアへ発つ第十一施設の中で、アスランは意外な顔に遭遇した。
「イザーク……」
 Zodiac Alliance of Freedom Treaty の名の通り、十二の施設を待つザフトの中枢はアプリリウスにある。
 懐かしさにアスランは顔をほころばせ、彼とはさほど親しくなかったことを思い出して苦笑する。
「何がおかしい」
「いや」
 おかしいのは自分だ。
「懐かしい顔だと思ってね」
 言うと、イザークが鼻白んだ。
「たいして離れていたわけでもなかろうが」
「そうだな」
 だが、ここにはニコルもディアッカもいない。ミゲルもラスティも。
 みんな、いなくなってしまった。
「どうしてここに?」
 彼はカーペンタリアにいたはずだ。
 アスランが聞くと、イザークが露骨に嫌そうな顔をした。
「いたら悪いか」
「いや、会えてうれしいよ」
 これは本心だ。戦場を離れ、プラントに戻った時の違和。オーブで感じたあれとよく似ている。オーブ――平和の国。
「嘘をつけ」
「うそじゃないさ」
 いまは誰よりもイザークが近い。共に戦った時間のわりに戦友という意識は薄かったが、それでもいま、自分にいちばん近いのは冷たい貌をしたこの男だ。
 ここにアスランの居場所はない。いつの間に自分は変わってしまったのだろう。
「何て顔をしている」
 イザークの言葉にアスランは苦笑した。
「そんなにひどいか?」
 ああ、とイザークが言った。
「腕がそんなじゃなかったら押し倒しているところだ」
 イザークらしからぬ軽口に、アスランは一瞬呆気に取られ、破顔した。
「遠慮しとこう」
「フン」
 壁に凭れていた彼が身体を起こし、カツカツと近付いてくる。
 それを、どこか遠い出来事のように眺めていたアスランは、自分の前で足を止め、顔を近付けてくる同僚の、その近すぎる距離を怪訝に思う。
 イザーク?と思ったときには温度が伝わる距離で、彼の顔の傷に気を取られている隙に口付けられた。
「…………」
「何をほうけた顔している」
「あ、いや……」
 だいたいこういう時は目を閉じるもんだと文句を言うイザークに、ちょっとびっくりして、と口を押さえながらもごもごアスランは口籠った。
「まあ、いい」
 言うと、背を向ける。
「イザーク」
 呼ぶとイザークは足を止めたが振り返らなかった。振り返らずに言った。
「さっさと怪我を治すんだな」
 早く戻って来いと、彼は言ってくれているのだろうか。共に戦おうと。
「――了解した」

 アプリリウスに人工の夕闇が落ちようとしている。
 1800。60分後にはオペレーション・スピット・ブレイクへ向けて艦隊が出る。イザークもそれに参加するのだろう。地球連合に向けての総攻撃。目標は地球――パナマ。

 仲間を失っても、親友を殺しても、多くの血が流れていても。それでも戦いは終わらない。



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