『もしかしたら、こんな再会/Y』


 大戦が終わって19ヶ月。実に一年半振りに再会したアスランは、記憶の中より大人びて、けれども前と寸分たがわぬ碧の目でイザークを映した。
「イザーク」
 どこかなつかしそうに、うれしそうにアスランが名を呼ぶ。声は以前とまるで変わらない。
 なつかしい赤のスーツに返って違和を感じながら、イザークはほろ苦い笑みを刷いた。それを認めて、アスランが床を蹴る。
 真っ直ぐに向かってくる身体。知らず手を伸ばして受け止めた。
 ユニウスセブンを粉砕するという任務先での思わぬ再会だった。ミネルバにはデュランダル議長とオーブの首長が搭乗していることは知っていたが、あとは随行員が一名というだけで、名前も顔も知らされてはいなかった。
 それがまさか名前を変えたアスランで、ましてやMSで出撃してくるとは。議長権限による特例とはいえ、コイツはまるで自分の置かれた状況というものをわかっていない。
 遊軍機を庇って被弾し、いちばん近い艦に収容され、さらにそこでディアッカに見付けられてしまったという偶然が重なっての再会だったが、それを喜ぶより先に、自ら火種に飛び込んできた馬鹿に対する怒りの方が強かった。
 あのとき、カナーバ前議長による処遇が決定するまでの数ヶ月、どれほど落ち着かない日々を過ごしたと思っているのだ。
「……こんなところで何をしてるんだ、貴様は」
 おかげで嫌味しか出てこない。
 オーブで平和ボケした間抜け面でも晒していればいいものを。
「いまはオーブの民間人だろうが。それがザフトのMSに搭乗しただけでなく、戦闘にまで加わっただと?」
 バカが。
 小さく舌打ちし、苛々とした視線を向けると、それすらもなつかしそうにアスランが笑む。
「イザーク……」
 再び名を呼ばれ、イザークはぎょっとした。アスランがイザークの服を掴み、肩口に額を当てたのだ。
 甘える仕草。アスランの匂い。強情で意地っ張りのアスランが、こんなふうに甘えてきたのははじめてだった。
「アスラ……」
 バランスを崩し、慣性の法則に従って、重なったまま後ろへと流される。
 離れないよう、しっかりイザークの隊長服を握り締めたアスランが顔を上げた。
「しよう」
「──は?」
 いつの間にか左手はアスランの身体を抱いていた。右手を天井につき、そのまま固まる。
「時間がないんだ。いまここでいい。──頼む」
 ディアッカが気を利かせてイザークを呼び出したおかげで、ここには互いしかいない。無人のブリーフィングルームだ。しかしである。
「貴様、何を言って」
 どんな冗談だと一蹴するはずだった言葉は、アスランのせっぱ詰まった表情の前に立ち消えた。
「だめなんだ」
「アスラン?」
 天井から手を突き放し、その反動で床へと戻る。空いた右手は自然にアスランへと回された。
「このままオーブでやってく自信がないんだ。上は暴走するし、下は勝手なこと言うし、胃は痛くなるし。オーブにコーディネイターを見てくれる医者はいないし、薬もないんだ。イザークの怒鳴り声やディアッカの嫌味は無視すればよかったけど、オーブじゃそういうわけにいかなくて」
 くすんと鼻をすすりそうな勢いで、一気に吐き出す。
「──おい」
 無視とはなんだ、無視とは!
「だから『いっぺん医者に診て貰え!』って言われて来たのに、医者に診て貰う前にあんなことになって。薬だって」
 だから、とアスランが言う。
「せめていまだけ、すべて忘れさせてほしい、イザーク」
 ひた、とアスランの目がイザークに向けられた。
 硬質な光を放つ碧の目。その目が情欲に濡れる様を知っている。
 が──
「もう終わったことだし、イザークは飽きたかもしれないが、でも俺は……」
 その目が、ふっと伏せられた。
 曇る眉に憂いが見える。見る者に放っておけないと思わせる顔だ。それに騙される人間は多いが、その数秒前に吐き出されたセリフを忘れるほど、イザークはアスランに陥落されていなかった。コイツはこの二言前に、色気もくそもない暴言を吐いたばかりなのだ。
 いや、それより何よりだ。
「ちょっと待て」
「なんだ、イザーク」
「終わったとはなんだ。オレが飽きただと?」
 きょとんとした目が向けられた。いやな予感がする。
「だってそうだろう? 連絡ひとつしてこないから、俺はお前に捨てられたとおも……」
「貴様が連絡を寄越さないからだ!」
 アスランはちょっと考えているようだった。相変わらずこういうことには鈍くできているらしい。
「……そうなのか?」
「そうだ!」
 しばしの沈黙。ほっとアスランの肩から力が抜けたのがわかった。
「なんだ。じゃあ、頼まなくてよかったのか」
 コイツはー、である。
「なら、さっさとはじめよう、イザーク」
「できるかッ」
 そんなことを言われて、はい、そうですかと簡単に。こんなところで!
「でも時間がないんだ」
「知るか」
「次にはいつ会えるかわからないんだ」
「それがどうした」
「キスもしてくれないのか?」
 ブッ
 さすがにこれには絶句した。まさかアスランから、こんなセリフが出てくるとは思いもしなかった。
 目的のためには手段を選ばないというか、ここで引いたら負けだと思っているのか。
「な? しよう」
 そう耳元で囁かれ、軽く噛まれる。
 まったく、どこで覚えてきたんだか。
 とうとう根負けしたイザークは、ふんと鼻を鳴らした。
「──いいだろう」
 言って、昔馴染んだパイロットスーツのファスナーを下げる。開いた襟元に顔を埋めると、アスランが、とんとんと指で背中をつついた。
「何だ」
 まだ何かあるのかと苛立った視線を向けると、アスランの目とぶつかった。
「時間がない、イザーク」
「それはもう聞き飽きた」
 だいたい言われなくてもそんなことくらい知っている。しかしアスランは、イザークの予想以上に焦っているようだった。
「イザーク、ミネルバは降下する。たぶん、あと10分くらいしかここにいられない」
「10分っ!?」
「この艦に10分だ。ここから格納庫までの移動時間、発進準備を考えれば、7分かせいぜい8分というところだろう」
 まるで作戦前のミーティングか何かのように、アスランが冷静にタイムスケジュールを提示してくる。
「ちょっと待て」
 そんな時間でやれというのか。しかも、こんなところで。
 しかしイザークの抗議は無視された。
「生物学上は可能だ」
 きっぱりとアスランが言い切る。
 確かに充分可能だ。場合によるが生理的にも。だが、そういう問題ではない。
「貴様、久しぶりに会ってそれか」
「だから時間がないって言っただろう」
 貴重な時間を無駄にしたのはどっちだとでも言いたそうに、アスランの目が不機嫌になる。
「オレのせいだとでも言いたいのか」
 唸ると、拗ねた目になった。
「そんなことは言ってない。そんなことより早く」
 しろと、アスランが言う。
 勝手な言いざまは気に入らなかったが、ここで突っぱねる程、もう子どもでもなかった。
「……ふん。貴様をいかせるなど1分も掛からん」
 挑発するように言うと、アスランが憮然とした顔をした。
「イザーク、俺はそんなに早くない。どっちかと言えばイザークの方が」
「誰がタイムの話をしている……!」
 しかもそんな具体的な。だいたい焦らしてやってるから貴様の方が遅いんだというセリフは、かろうじて飲み込んだ。
「いいから、もう黙ってろ、貴様は」
「でも、イザー……」
 続きは唇で塞ぐ。これ以上しゃべらせたら何を言い出すかわからない。時間がないことを惜しんでいるのは、イザークだって同じなのだ。
「ちゃんとくれてやるから安心しろ」
 言うと、アスランの身体から力が抜けた。任せるように預けてくる。
 少し痩せてしまった身体に苦い笑みを刷いて、机の上に押し倒した。蒼い髪が重力の弱い空間に散らばる。
「いらん気苦労ばっかり背負い込むからだ」
 ばかがと言うと、アスランが小さく笑った。


2004.11.14
ギャグになりきりませんでした;
結局アスランは遅れ、ミネルバに収容されませんでした。
というオチだったはずが……。

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