『もしかしたら、こんな再会/D』


 赤服はいないはずだった。
 ユニウスセブン粉砕のためのこれは、戦闘ではなく作業だ。アーモリーワンのこともあり、赤服はプラント本国に残して来ている。少なくともこの戦艦(ふね)にはいない。だからあの赤いパイロットスーツは、ミネルバに配属されているルーキーということになる。が──
「緑なんだよねえ」
 被弾し、収容された友軍機だが、それにしてはおかしい。
 ドリンクを口から離し、ディアッカは怪訝に顔を上げた。
 赤服の愛機なら同じザクでも色が違うはずだ。しかし格納庫には見慣れた緑のMSだけが並んでいる。しかもあの戦い方。
 確かに赤服は優秀だが、ミネルバのクルーたちは実戦経験が乏しい、ひよっこたちだ。前もって通達された作戦ならともかく、乱戦ともなれば経験がものをいう。まして奇襲を受けたとなれば尚更。
 ディアッカは先程の戦闘を思い出す。
 奇襲を受け、浮き足だったところに、敵は正体不明のジンだと知らされた。アンノウンとはいえ相手はジンだ。攻撃を受けている以上、敵に違いはないが、兵たちの動揺は広がるばかりで反撃にも躊躇いが出る。さらには奪われた最新鋭機の参戦──
 実戦経験の乏しいものからやられていく戦況にあって、あのザクには迷いがなかった。
 おまけに。
 ディアッカは親指の先を口許に当てる。
 ジンの頭部や足を狙い、確実に戦闘能力だけを奪っていく戦い方。
 あの乱戦のさなか、敵機のコクピットをわざと外す甘さと、それができる余裕を持つ人間は、ディアッカが知る限り二人だけだ。加えてあのザクは、ユニウスセブンを粉砕するという当初の目的を忘れてはいなかったのだ。
 赤いパイロットスーツが、メカニックの指示に従い格納庫を横切っていく。応急の処置が済むまで休憩にでも行くのだろう。それを横目で見送ったディアッカは、なあとメカニックに話し掛けた。
「あれってダレ?」
「さあ?」
 緑ばかりの格納庫にあって、あの赤はひどく目立った。横でデータを取っていた別の作業兵が、会話に気付いて顔を上げる。
「議長特例でパイロットになったって聞きましたけど」
「議長特例?」
「オーブの民間人だっていう噂で」
 まさかとメカニックが笑い、もうひとりも、でしょうねと肩を竦めた。オーブにはMS開発の実績があるが、大戦後、国力は急速に弱まっている。ザフトの新鋭機を乗りこなせる人材がいるとも思われない。アークエンジェルと合流した過去を持つディアッカには、よくわかる「事実」だった。
「ふーん……」
 ドリンクを離し、ディアッカは床を蹴った。
「どちらに?」
 後ろからの声に顔を向けた。
「ちょっとデートのお誘いってね」
「?」



 通路口に辿り着いたアスランは、手すりに手を掛け、息をついた。
 あの状況だ。被弾したのは仕方ないにしても、この戦艦に誘導されたのはまずかった。
 自分の置かれている立場はわかっている。いかに危うい状況にいるのかも。議長特例とはいえ、MSで戦闘に加わったのだ。できる限り、顔を知られない方がいい。とは言え、こんなところでうろうろしていては、スパイの嫌疑を掛けられかねない。
 仕方なくメカニックの指示通りパイロットルームに向かってはみたが、実際に行くことは躊躇われた。ヘルメットを取らなければならないからだ。
 新造艦であり、実戦経験も少ないミネルバなら知った顔も少ないだろうが、ジュール隊となれば話はまた変わってくる。
 ジュール隊。──イザーク。
 声に出さず、アスランは呟いた。
 ザフトにいた頃は張り合ってばかりだった彼の名を、こんな気持ちで反芻する日がくるとは思いもしなかった。
 隊長服に身を包んだ彼の姿が容易に想像できる。白いあれは、彼の銀髪に映えるだろう。
「──入らねえの?」
 後ろから緑のヘルメットに聞かれ、アスランは、慌てて顔を上げた。どうも彼の邪魔をしていたようだ。
「ああ、すまない」
 脇にどき、フライトグローブが開閉スイッチを押す様をぼんやりと眺める。ザクのパイロットが滑り込むのを確認してから、アスランも続いた。
 一瞬、視界が狭まったように感じるのは、落とされた照明のせいだ。それに気を取られている隙に、先行したパイロットはすでに通路を右に折れ、あとには誰もいない。
 それに、ほっと息を吐いてヘルメットを外した。かつて馴染んだ半重力と機械油の匂い。ミネルバでも感じたが、歴戦しているだけあって、こちらの方がより肌に馴染む。
 少し躊躇ってからアスランは通路を進んだ。
 右に折れればすぐにパイロットルームだが、そこまで行く必要はない。少しだけ空気を吸って、すぐに引き返すつもりだった。
 が──
「!」
 横から伸びてきた腕がいきなりアスランを拘束した。一回りほど大きな相手に背中から羽交い締めに抱き込まれ、耳元で囁かれる。
「油断大敵ってね」
「ちっ」
 油断していたのは確かだが、頭がそうだと意識する前に身体が動いた。肘で相手の脇腹を狙い、敵が怯んだ隙に身体を沈めて腕から逃れる。ヘルメットを相手の頭に向かって投げ捨て、同時に後ろへと蹴りを入れた。
「わ、ちょ、ちょっと」
 最初の蹴りはブロックされ、すかさず第二波を繰り出したところで、相手が、タンマと緊張感のない声を上げる。
「ちょっと待ってての!」
 この声──
 ピタッとアスランの動きが止まった。
 オールバックの金髪に褐色の肌。懐かしい顔が、大げさな仕草で肩を竦めて溜め息をつく。やれやれといった顔だ。
「おっかないねー、相変わらず」
 大人しそうに見えても、アスランはトップガンにまで昇り詰めた男だ。時に甘いとされる戦い方をするが、任務遂行の為なら、それを殺すすべも知っている。
「オレも悪かったけどさー」
 挨拶がわりのウィンクを寄越し、ニヤリと笑う。アスランが肩の力を抜いた。
「……悪ふざけがすぎるぞ、ディアッカ」
「悪かったって」
 ちっとも悪く思っていない顔をして、それでもヘルメットをアスランの方へと投げてくれる。それを受け取り、ようやくアスランは口許を綻ばせた。



「久しぶりだな」
「まったくな」
 アスランの笑みにディアッカも同じように応える。奇妙とも言える親近感。アスランとはいろんな意味で馴染みが深い。
「まさかこんなところで再会するとはねえ」
 感慨深い息を吐くと、アスランが苦笑を見せた。
「俺も思わなかったよ」
 その顔に、おやおやと思う。ザクで出たことを後悔でもしているような、決まりが悪いといった顔だ。
 確かに現在の立場を考えれば出るべきではなかっただろう。だが、この事態をアスランが放っておけないであろうことも、ディアッカは知っている。
「どうしてここに?」
 ディアッカが聞かなかったことをアスランが聞いた。
 これにも、やれやれと思う。この顔では、入口で擦れ違ったことに、いまだ気付いていないようだ。確かにいたずら心が湧いて、わざとヘルメットを被ったのはこっちだが、いい加減気付けよとも思う。
「いたら悪い?」
 意地悪く聞き返すと、いや、と言った。
「そういうわけではないが、これはジュール隊の仕事だろう」
「オレもジュール隊なんだけど」
 え?という顔をしたアスランは、今更のようにディアッカのパイロットスーツに目を向けた。下から上へと視線を流し、ディアッカの顔の上でそれを止める。
「その、ひとつ聞いていいか?」
「なに?」
「どうして緑なんだ?」
「…………」
 わざわざ聞くなと言いたいが、それを言っても不思議な顔をされるだけだろう。
 はあぁと大きく息を吐いて、ぽんと肩に手を置いた。
「全然変わってないのな、あんた」
「?」
 すかしたヤツだと反発していた頃が、いまとなっては懐かしい。コイツはすかしているのではなく、単にわかっていないだけなのだ。いや、鈍いというべきかもしれない。
 わかりたくもなかった事実を理解して、どうしようもなく脱力する。これではイザークに引き合わせていいのかどうかわからない。イザークの機嫌が悪くなれば、とばっちりを受けるのはこっちなのだ。
 何だか天を仰ぎたい気分でいると、アスランがいきなり、あっという顔をした。
「もしかして、さっきのはディアッカだったのか?!」
 ……にぶすぎる……。
 ようやく入口でのことに思い至ったらしいアスランに、ディアッカは力なく、ああと答えた。
 それにアスランが、申し訳なさそうな顔をする。
「すまない。色が違ったから気付かなかった」
「…………」
 これが嫌味ならどんなに救われただろうと思う。
 トドメとも言うべき一言を吐かれながらディアッカは、アスランがどうしてこの騒ぎに巻き込まれることになったのか、何となくわかったような気がした。

2004.11.17

back