ひたひたと、やさしい空気が降ってくる。部屋を満たす水に似た気配。雨だろうかとイザークは思った。だが、そんな予定ではなかったはずだ。光が射し込むから、記憶違いでもないらしい。
うん、と寝言めいた息を吐いて薄目を開けると、蒼い髪がひょこひょこと部屋を徘徊している。
「……何をしているんだ、貴様は」
蒼い髪の持ち主は振り向いて、ああ、と小さな笑みを刻んだ。
「すまない、起こしたか」
昨日の名残りの裸のままで、イザークの蔵書をあさっていたらしい。白い手の中に分厚い本が開かれている。
「別にかまわん」
言って起きあがると、もうイザークには興味をなくしたように、碧の眸が本棚を見上げた。
「面白いな、イザークの本棚は」
普通はデータやディスクで、クラシックな本が並ぶこと自体がめずらしい。
目を細めて笑ったアスランに、イザークは、ふんと鼻を鳴らした。
「元気なことだな」
昨夜のことを皮肉ると、涼しい顔で返してくる。
「よく眠らせて貰ったよ」
昨夜のけなげさも、明け方の甘さも、いったいどこに消えてしまったのか。
セックスという行為の中のアスランは、イザークが知る誰よりもけなげで献身的な生きものだ。
無理をさせているという自覚があるからかもしれない。だから明け方には「もう少し寝ていろ」などと、らしくない睦言を吐いたというのに、コイツがそれを守った試しはない。
だいたい裸のままで何をしているんだ?と思っていると、アスランがじっとこっちを見ている。イザークは怪訝に眉を顰めた。
「──何だ?」
「いや、その気にならないのかと思って」
「何のことだ?}
「ならないなら、いい」
意味ありげに笑う。
笑ったあとは再び興味をなくしたようだ。すぐそばにありながら自分以外のものに向かう意識。それが気に入らなくて、イザークは腕を伸ばした。
本棚はベッドのすぐ近くだ。幸い宿舎は狭くできている。腕を伸ばせば、アスランの身体は容易に引き寄せることができた。
「うわっ」
手首を掴んでベッドに引き込むと、仰向けに倒れてきたアスランが、瞬く碧で上目遣いにイザークを見上げてくる。
その顔を逆さまから覗き込んだ。碧の眸が再び瞬く。
「風邪を引く」
少し冷えた肌は無機質で他人行儀な何かを思わせて、それは指にとても心地よかったけれど。コーディネイターと言えども完全に無病というわけではないのだ。
イザークの言葉をしばし考えるように沈黙していたアスランは、ようやく合点がいったというふうに口を開いた。
「──ああそうだな、免疫力が落ちるらしいからな」
確かに気を付けた方がよさそうだ。
そんなことを言って、神妙な顔をする。
「免疫だと?」
「いいものも悪いものも洗い流すから、身体のためにはあんまりやりすぎない方がいいとディアッカが」
「……泣かすぞ」
色気も何もないアスランのセリフに、イザークが機嫌を損ねる。それをどう取ったのか、アスランがきょとんとした顔を向けた。
「ディアッカとは何でもないぞ?」
「誰がそんなことを言っている」
「ちがうのか?」
「当たり前だ」
即答すると、少しつまらなそうに口の先を尖らせた。
「なんだ。嫉妬したのかと思ったのに」
「……間違ってるぞ、貴様」
そもそも根本的な何かを間違っているとイザークは思う。すると鮮やかにアスランが笑んだ。
「そうか。では、やり方を変えよう」
そう言って、イザークの首に右手を回してくる。そのまま頭を引き寄せ、耳元に唇を寄せた。
「その気にならないか、イザーク?」
「なってほしいのか?」
聞くと、目尻がしゅっと上がる。イザークの好きな顔。
「そのための休日だろう?」
予定にない雨が降り始めた。
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