『桜の咲く頃』



 部屋に戻ると、いつもアスランのすることは決まっている。
 シャワーを浴びて、簡単な食事を摂りながらPCを立ち上げ、私事を幾つか済ませたあとはディスクワーク。私事といってもメールチェックとせいぜいが通販、或いは趣味のあれこれだから、サンドイッチを齧っている間に済んでしまう。
 タオルで髪を拭きながらマイクロユニットのサイトめぐりをしていたアスランは、新しいメールの着信に気が付いた。と同時に電話が鳴る。メールといっても携帯ではなくPCの方で、アスランはメーラーをクリックしながら電話に出た。
「はい」
『メール見てくれた?』
 それはもちろんキラだったから、アスランはその勢いに戸惑いつつ、どうしたんだ?と聞いた。
「メールがどうかしたのか?」
 いま着たメールだろうか。PCへと視線を戻した先には、キラのアドレスと短い文が並んでいる。
『いいから見てよ。見たら、そのアドレスに跳んでね』
「アドレス?」
 キラからの短いメールには確かにアドレスが貼られていて、アスランは不信に思いながらも直接跳んだ。キラがこうした声を出すときは何か企んでいるのだろうが、声が弾んでいるから悪いことではないはずだ。
 アドレスを踏むと、一瞬で画面が変わる。
 時間は夜、季節は春、画面には満開の桜。
『ようこそ、アスラン』
 電話の声とともに、花びらの舞う画面の中からキラが手を差し伸べてきた。
 家庭用のビデオではない。ライブ映像というわけでもない。PCの中に映っているのはまぎれもなくキラだが、おそらくこれは……。
『クリックでアスランも動くから、こっち来てよ』
 ネットゲームのひとつに、ヴァーチャル旅行やヴァーチャルデートというのがある。自分に似せたキャラや、あるいは自分自身をPCに取り込んで、あちこちを回ったり、一緒に遊んだりするというゲームだ。
「俺……?」
 画面の中にはキラの他にもうひとり。蒼い髪の後ろ姿に、アスランはどきりとした。
『うん、勝手に作っちゃった。ごめんね』
 画面の中のキラが小さく舌を出して、それから画面の中のアスランの手を掴んだ。小さな頃のように、ふたりは桜の木の下まで手を繋いで駆けて行く。昔のムービーを見ているような、不思議な感覚。CGで作られたのであろう自分たちは、さすがにキラが携わっただけあってよく似ている。
『一緒に桜見に行きたかったけど無理そうだから』
 桜の季節は短い。一緒に見に行こうと話していた月の桜も、会える頃には終わっているだろう。
 アスランは画面に笑んで、電話に呟く。
「そうだな」
 例え会えなくても温もりが離れていても、キラと自分はこんなに近い。
 それをキラも感じているのかどうか。電話の向こうからキラの笑う気配がして、あのねとやさしい声が続いた。
『これ占いもできるんだ』
「占い?」
『うん、100年後まで占えるって』
 何を――と思っている間に画面が変わる。
 一見して違いはなかった。ただふたり並んだCGに少しだけ違和が残ったのみだ。その違和が何かわからないアスランの耳元で、何故かキラが、へーとうれしそうな声を出す。
『すごいね』
「何がだ?」
『わからない? じゃあ、これは?』
 再び変わるが、やはりさほどの違いはない。けれどやはりキラは上機嫌で、何がおかしいのか今度は声を出して笑っている。
『すごいや、アスラン』
「だから何が――」
 画面の中で桜が舞う。はらはらと落ちる花びらを目で追っていたアスランは、ずっと感じていた違和に気付いた。
「髪型がちがう……?」
『やっと気付いた?』
 キラの声がして、アスランは再びPCに視線を戻した。
 ずっと感じていた小さな違和。それは画面の中の自分とキラに感じたものだ。
 後ろ姿は変わらない。ふたりの距離感も姿勢もそのままだった。だから変わったのは服装くらいだと思っていた。
『さっきは1年後で、いまは10年後。未来もずっとこのままだって』
 未来を占った結果だとキラは言った。ふたりの未来を相性とともにシミュレーションして出てきたCG。1年先も10年先も、自分たちはこうして手を繋いで一緒に桜を見て。
「10年先って……」
 自分のCGを見て、アスランはさすがに恥ずかしくなった。PCの中の自分はいまより大人で落ち着いているように見えるのに、手はずっとキラと繋いだままで。
 大人としてそれはどうかとアスランは思う。この恋を、一過性のものだと思っているわけではないけれど、それでも永遠に続くと信じていたわけでもなく。
 そんなアスランに、いつも答えをくれるのは、明るいキラの声だった。
『たぶん、100年先も一緒だよ』
 ずっと、ずっと。
 何故か自信に満ちたキラの声に、アスランも、そうだなと呟いた。

2009.3.30

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