SECRET A秘密のアスラン


 アカデミーの訓練に、敵に捕まったときのことを想定したものが幾つかある。仲間を救出に向かうシミュレーションもそうなら、痛みや薬物への耐性を鍛えるのもそうだ。
 その中の一つに自白を強要されたときのものがあって、いかに敵を欺くか、或いは敵の質問をはぐらかすかが本日の課題だった。
 誘導を受けてるのはアスラン・ザラ。
 入学以来、総合成績トップの座に君臨する彼は、軽い自白剤を飲まされて、教官の質問を受けている。
 質問事項は全部で十二。百通りある中から教官が無作為に選ぶのだが、そのようすを皆が固唾を飲んで見守っていた。

「ザフトの主要MSは幾つかね?」
「……知りません」
「カーペンタリアの司令官の名前は?」
「知らな……い……」
 質問自体はたいしたものではない。プラントの市民であれば、幼年学校の生徒でも知っているようなことすらある。質問に答えないというのが訓練の目的だからだ。
 しかし、である。
 軽いとは言っても自白剤。それに逆らうアスランの有様は、目の保養を通り越して、もはや毒の域だった。
 額と首筋にうっすらと浮かぶ汗、固く握りしめられた指先、苦痛に歪む形のいい眉根。辛そうに息を吐く様は、どんな少女よりも可憐で憐憫を誘う。
「……なあ」
「ああ」
「アスランって……」
 少年たちは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 少女のように白い喉が乱れた襟元から覗き、繊細な睫が震えている。なまじ優等生然とした普段の姿を知っているだけに、その姿は刺激が強すぎた。
 本当にこれは自白剤なんでしょうか(泣)、何かまちがってませんか教官(号泣)と、年頃の少年たちはあらぬところを熱くさせる。上級生たちが授業に出られないと悔しがった理由を、はじめて目とそれ以外の部分で実感した彼らであった。
 しかし当の教官は、アスランの姿を見ずに、ついでにアスラン以上に息を荒くし始めた少年たちに気付くことなく、質問を続けていく。
 質問内容は軍の概要からプラント内部の構造を経て、チームメイトのことに及んだ。
「イザーク・ジュールというのは?」
 十一項目めの質問はこれだった。
 言うまでもなくアスランのチームメイトだが、数ヵ月早くアカデミーに入学した彼は、この授業には出ていない。
「イザーク……」
 アスランの顔が苦痛に歪んだ。
「そうだ。イザークだ」
「彼は……」
 息をするのも辛いといった顔で、アスランが掠れた声で答える。
「……唇がやわらか……い……」

 ――は?

 少年たちは我が耳を疑った。ついでに顎を落としそうになった。さらには辺り一帯が凍りついた。時間すら止まる勢いだった。
 いま彼は、アスラン・ザラは、何と言った?
 ナチュラルより数倍聴覚が発達した彼らの耳が正しければ、アスランは「イザークの唇がやわらかい」と言った。……ような気がする……。
「なあ……」
「ああ……」
「そういうことなのかな、やっぱ」
 彼らは何だか泣きたくなった。
 苦いこの想いは失恋に似ていると、のちにやさしい想い出として語られるに違いない。初恋だったんだと、ほろ苦く語る姿を思い描いたものもいた。短い恋だったなと、慰めあう図を想像したりもした。多感な彼らはドリーマーにしてポエマーだった。
 しかし、そうしたナイーブな少年たちの心情など無視して、教官の質問は最終項目に突入する。
「ディアッカ・エルスマンはどうだね?」
 これもアスランのチームメイトだ。彼の姿もここにはない。
「ディアッカ……」
「知っているようだね」
「……くす」

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 …………………………くす?

「なあ……」
「あ、ああ……」
「クスってなんだ?」
 確かにアスランは小さく笑った。……ような気がする。
 年端もいかない少年たちには、この笑みが意味するものは深すぎた。
「さすがにすばらしい。満点だ。皆も彼を見習うように」
 教官は絶賛したが、彼らは見習う気にはなれなかった。

2003.8.15

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