なつかしい気配に目を開けると、怜悧な青い目があった。
「イザーク……」
ここにいるはずのない顔に驚き、その拍子に傷付いた身体が痛んで、小さな悲鳴をあげる。
「バカが」
皮肉げに眇められた目が舌打ちを呼んで、彼らしいその言葉に苦笑した。
いつも彼は変わらない。
態度も口調も距離も。それが心地よくて、安心する。
「どうしてここに?」
聞くと、彼がフンと鼻を鳴らした。
「いたら悪いか」
「いや、別に」
彼がいて悪いわけなど無論ない。ただ不思議に思っただけだ。
それなりに付き合いは長いが、さして親しいわけではない。お互い話すこともないから、自然に無口になる。
当然のように沈黙が落ちた。不思議に気まずさはなく、穏やかな空気が流れて、その心地よさに苦笑した。
まさかイザークと、こんな時間が過ごせるとは思ってもみなかった。
「……何がおかしい」
へそを曲げたのだろうか。不機嫌さを隠そうともしない目を向けられ、さらにそれが苦笑を呼ぶ。
「不思議だな」
「何がだ」
「君とこんなふうに過ごせるとは思わなかった」
「なんだ、それは」
イザークは片眉を顰めたが、アスランはただ、いやと言って視線を戻す。
窓の外には地球の空。
ストライクを討ち、キラを殺し、ニコルとディアッカを失っても、大局は何一つ変わらない。
視線を窓に向けたまま、アスランは口を開いた。
「なあ、イザーク」
「何だ」
「どうしてザフトに志願したんだ?」
今更何を、という顔でイザークはアスランを見たが、アスランの視線は窓に向けられたままだ。
イザークは再び鼻を鳴らし、素っ気なく言い放つ。
「守るためだ」
「それが何か聞いてもいいか」
碧の目が向けられ、イザークは呆れたように横目で返した。
「そういう貴様はどうなんだ」
年端もいかないものたちがザフトに志願した理由など、さして変わらない。
横暴なのは地球の方だ。
プラントの独立を認めず、核を使い、二万もの民間人を殺した。家族を守るため、故郷を守るため、自分を守るため、いまもザフトに志願するものたちは多いと聞く。
それを今更。
イザークが聞くと、アスランの口許が自嘲に歪んだ。俺は、とアスランが口を開く。
「あんな思いは二度としたくないと思ったんだ。ユニウスセブンが沈んだとき、もう誰にもあんな思いはさせたくないと思って、それで」
アスランの母、ザラ夫人がユニウスセブンにいたことは広く知られている。
「でも、それが正しかったのかどうか、いまとなっては――」
あんな思いはしたくなかったはずなのに、自分の手でその思いを生み出している。
どうしようもない矛盾。あの少女に言われなくても、そんなことはわかっていたはずだ。
けれど。
再び自身の中に生まれた疑問と迷いに、アスランは目を伏せる。
自分の手で殺してしまった幼なじみと、自分のせいで死なせてしまったチームメイト。どちらも大切な人で、戦争などなければ、敵でさえなければ選べなかったはずだ。
「バカか、貴様は」
容赦のない声が頭上で響き、アスランは顔を上げた。
「これは戦争だぞ」
どこか怒ったような、呆れたようなイザークの顔が目の前にあって、アスランは目を瞬く。
イザークが言った。
「正しい戦争などあるわけなかろうが」
意外な答えにアスランは驚いて、自分を見下ろす氷青の目を見返した。
地球を嫌い、ナチュラルを嫌うイザークに迷いはない。故に自分が正しいという信念のもと、戦っていると思っていたのだ。
「何だ、その目は」
アスランの視線を怪訝に思ったのだろう。イザークが不機嫌な顔をする。それに、いやとアスランは首を振った。
「意外だと思って」
「何がだ」
「戦争に対する見解が」
面白くもなさそうにアスランを見遣ったイザークは、吐き捨てるように言った。
「戦争そのものを肯定するものがいたとしたら、そんなものは狂信者だけだ」
だがな、と続けたイザークは、真っ直ぐにアスランを見る。
「ストライク撃墜はザフト兵として正しいことだった。それだけは覚えておけ」
ふんと鼻を鳴らし、イザークが踵を返す。
「――邪魔をしたな」
その背をアスランは呼び止めた。
「イザーク」
「何だ」
「……ありがとう」
再び向けられた背中が、フンと言っているような気がした。
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