『戦士の時間』


 オーブとプラントの間に停戦協定が結ばれ、混沌とした世界は少しずつ落ち着きを取り戻そうとしている。両国を取り持ったラクス・クラインがプラントに戻り、請われて評議会議長に就任したのは少し前のこと。自国が戦場となったオーブも、戦場とはならなかったものの甚大な被害を受けたプラントも、ようやく復興の道を見出しつつある昨今。
 アスランはアークエンジェルの窓から宇宙を見た。大戦の最中オーブ軍属となったアークエンジェルは、現在アプリリウスに向かっている。
 ひとつはオーブの代表、カガリ・ユラ・アスハの名代として、いまはプラント最高評議会議長となったラクス・クラインに謁見するため、そしてもうひとつ。
 アスランは小さく息を吐いた。
 覚悟は決めたはずだ。今更迷うなど。
 自嘲に似た笑みが苦く広がる。
 甘さか、弱さか。甘いと言ったのは誰で、弱いと言ったのは誰だっただろう。
 甘いな、君は。
 弱いのだ、お前は。
 何もかも捨てきれずに、いつも自分は迷っている。それをやさしさだと言ってくれた人もいたけれど。
 クスッと小さな笑い声がしてアスランは振り向いた。
「キラ……」
 いつからいたのか、デッキの入り口にキラが立っている。アスランが気付いたことを了承と取ったのか、キラが近付いてきた。
「君、全然気付かないんだもの」
 ゆっくりとした足音。笑いながら近付いてきた友に、アスランは苦笑で応えた。
「いつから?」
「5分くらい前かな?」
「そんなに?」
 キラの気配は当たり前すぎて、いつもアスランは気付くのが少し遅れる。すまないと素直に謝ると、嘘だよとキラが言った。
「うそ。ホントは4分くらい」
「ごめん…」
 一面に広がるソラ。
 月にいたときには、数え切れないくらいこうしてふたり並んで宇宙を見た。あのときに話した言葉の数々。幾つキラは覚えているだろう。
 沈黙が落ちる。先に口を開いたのはキラだった。
「……すごいよね、ラクスもカガリも」
 そうだなとアスランは答える。
「お父さんの遺志を継いで、もう歩き始めてる」
「ああ」
 志し半ばで倒れた父親の遺志は娘たちによって受け継がれ、成就されるようとしている。
 父の遺志。自分が感じたのは呪縛だった。
 愛していなかったわけではない。愛されていなかったわけでもない。それでもアスランにとって、父はいまも苦い記憶の底にある。そして、おそらくはキラにとっても。
「きっと、あのふたりは同じ時間の流れの中にいるんだね」
 キラの言葉にアスランは顔を上げた。
「時間の流れ?」
 聞き返すと、キラが窓に背中を向けて下から覗き込んできた。
「知ってる? アスラン」
 再びキラの視線が外に向けられ、同じようにアスランもそれを追う。
「動物って、それぞれ時間の速さがちがうんだって」
 もともとアスランは動物に馴染みがない。検疫の関係で、月でもプラントでも持ち込むのは難しく、象もライオンもキリンもオーブに来てはじめて見たくらいだ。
「そうなのか?」
「ほら、動物って種類によって寿命もちがうでしょ? 大きな動物は長生きだし、小さな生き物は寿命も短いから、つまり、そういうことみたい」
 同じ地球上の生物でも、象とねずみでは流れる時間の速度が違うのだという。
 心拍数が関係してるんだっけ?とキラが聞き、さあとアスランは答えたが、言われてみれば、成長速度や寿命の相違は確かにそういうことなのかもしれない。
 人間もね、とキラが続けた。
「たぶん人によって速さがちがうんだろうなって」
「でも人間は人間でしかないだろう?」
 コーディネイターとナチュラルでは成熟の過程に違いが見られるが、もともと人は一種だ。個体差はあるが、象とねすみのように極端な差があるわけではない。
 キラの言葉が続く。
「時間を川の流れに例えるとね、人によって全然ちがうんだって」
 ある人は滝だといい、ある人は大河だという。
「全然ちがうんだけど共通点があるんだって。こういう仕事をしてる人はみんな同じ答えだったとか、こういうタイプはこうだとか」
 だから、きっとラクスとカガリは同じなんだよ。
 確かめたわけでも根拠があるわけでもないらしい。そんなことを言うキラに、アスランは苦笑した。
「お前はどうなんだ? お前だって同じだろう」
 アスランからすれば、キラもまた、彼女たちと同じ目的を持ち共に歩む、同じ種類の人間に見える。
 アスランが言うと、キラが小さく肩を竦めた。
「そんなことないよ」
「そうか?」
「うん」
 たぶん、ちがうよ。
 そう言って笑ったキラの目に自分の姿が映っている。
「そうか」
「うん…」
 並んだ手が少し触れ合う。
 広がるソラ。
 いつも自分がちっぽけな生き物だとおしえてくれる。
 キラから伸びて繋いだ手が、キラの答えのような気がした。

2007.1.20
スペエデ4でキラが白服を着てたネタのはずが
ズレてちょっと違う傾向になってしまいました。

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