Silent


 昨日のことだ。久しぶりに会ったというのにアスランがへそを曲げ、昨夜から口をきいていない。
 原因はささいなことだった。取るに足らない程の。だが、意地っ張りなイザークと負けず嫌いなアスランの組み合わせでは、原因がささやかであればあるほど、理由がくだらなければくだらないほど、どちらも折れないために意地の張り合いは長くなる。
 久しぶりに会ったというのに。
 イザークは、部屋の隅で椅子に座る恋人に目だけを向けた。相手は涼しい顔で、イザークの蔵書に目を通している。関心があるとはとても思えない中世ヨーロッパの城の本だが、ページをめくる指はゆるやかで、アスランがきちんと目を通していることがわかる。
 共通の話題ができるのは悪くない。
 関心は薄いようだが、ふと思い出すことはあるらしく、ときどきアスランはイザークの蔵書で仕入れた知識を話題に振ることがあった。
 前に聞かれたのは、東洋の龍が神とされるのに対し、西洋の竜が悪の化身とされるのは何故かということだった。土着信仰の神々を悪魔とした宗教上の理由と何か関係があるのかとアスランは聞いたが、イザークはそれを否定した。もともとドラゴンの語源となる言葉は古くからあり、聖書にも出てくるからだ。
 イザークがそういうと、納得したのか、「そうか」と言ったっきりアスランがそれ以上話を続けることはなかったが、アスランに「おしえてやる」という行為自体は悪くない。アスランは生徒としては優秀なうえ、相手を認めることも知っている。
 が。
 イザークは立ち上がった。
 民俗学や歴史といった分野でイザークを認めているのと、それ以外については別らしい。意外に素直な一面を見せることもあるが、こんなときのアスランは頑固で可愛げがないことこのうえない。
 アスランの前に立ち、イザークは本を取り上げた。
「いつまで意地を張ってるつもりだ?」
 休暇は短く、会うことは少ない。その少ない機会を、こんな無駄なことで潰すつもりなどイザークにはなかった。
 しかしアスランの意地はそれを上回っていたらしい。黙ったまま手を出して、本を返せという。あくまで口をきこうとしないアスランを責めるように、イザークは片眉を上げた。
「おい」
 しかしアスランは平然とイザークの手から本を取り戻し、澄ました顔でページを開く。
 そっちがその気なら。
 フンとイザークは鼻を鳴らすと、おもむろにアスランの背後に回った。椅子の背もたれ越しに、後ろからアスランの顎に手を掛け上を向かせる。批難めいた碧の目が向けられたが、意にも介せずイザークは無理やり顔を自分の方に向けさせ、その唇に口付けた。
 キッと碧の目が睨み付けてくる。それにイザークは目を細め、口の端を歪めて笑う。
「貴様は本でも何でも好きに読んでいればいいだろうが。オレはオレで好きにする」
 相手にしていられないといったところか。本でイザークの鼻先を押し戻し、アスランが立ち上がった。その手を掴まえ、イザークはベッドに押し倒す。睨み付けてくる目に、面白そうにイザークは喉を鳴らした。
「文句があるなら口に出して言えばどうだ?」
 イザークとて折れるつもりは毛頭ない。アスランが何か言えば聞いてやらないこともないが、もともとイザークも意地っ張りにできている。
 イザークを睨み付けていたアスランが、おもむろに開いたページをイザークに突きつけた。
 バッ
 アスランが本の一箇所を指で押さえ、反射的にイザークはその指を追う。
『悪かった』
「…………」
 悪いと思っているなら、それらしい態度を見せたらどうなのだ。
 アスランが指で辿った文字に脱力したイザークは、思わずアスランの上に倒れ込んだ。

2007.9.15
無言のままコトに至り、イザークがアスランに
本で頭をぱこりとやられる予定だったんですが
始まる前に終わってしまいました。

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