43話のキラアスフォロー?



『小さな痛み』


 ラクスの肩に腕を回し、笑顔を向ける僕に、アスランが淋しそうな笑みを向ける。僕はそんな彼の顔を見て、昏い笑みを吐く。
 嫉妬ではなく、淋しさ。ラクスと僕を見た彼が、どんなふうに感じるか、どんな顔をするか、僕はよく知っている。
 それを知っていて見せ付けた。
 だって君が悪いんだ。
 デスティニーのパイロット、彼の名前なんて呼ぶから。
 血まみれになって、意識を失って。胸が張り裂けそうになるくらい心配したのに、うわ言でずっとアスランが呼んでいたのは彼の名前だった。彼のために無茶をした。
 ザフトで何があったかなんて僕は知らない。誰と出会って、誰とどんな関係にあったかなんて知るはずがない。
 ザフトのアスラン・ザラ。
 僕の知らないアスランは、いつもザフトとともにある。
「──じゃあね、アスラン」
 わざわざラクスの肩に腕を回して、背を向けた。
 不安そうな彼の顔。母親に置いて行かれる子どもみたいな。きっと、そんな顔を彼はしているのだろう。自分はしっかりしていると思い込んでいる彼に、そんな自覚はないのだろうけれど。
「──キラ?」
 医務室を出た途端、肩に回した腕を抜くと、ラクスが怪訝な顔を向けてくる。
 僕はラクスにも作った笑みを向けた。
「ああ、ごめんねラクス。僕は寄るところがあるから」
「そうですの?」
「うん。だから先に行ってて?」
 何も聞かないラクスは、わかりましたと言って、先にブリッジに向かう。そんな彼女を見送りながら、僕はうつろな笑みを吐く。
 ザフトの赤服。アスランが着ていたザフトの。確かによく似合ってはいたけれど、でも始末してしまわなくちゃ。彼のセイバーと同じように。
「君は僕に守られていればいいんだよ」
 ずっと手の中にいれば誰より大切にしてあげるのに。
 黙って守らせてくれる人ではないけれど。だから余計、始末におえない。
「ほんとうに困った人だね」
 手が掛かるったら。
 昏いものが内に生まれる。それは針の穴のように、まだ小さなものではあったけれど。でも何より昏く、痛みを伴う。
 その小さな痛みを心地よく感じる僕に、僕は嗤う。






 ケガをおして出撃し、気を失ったアスランの手をキラは握り締めた。
 生命に別状はない。ただ傷が開いたことによる出血と発熱が懸念されるのみだ。それでも心配で胸が張り裂けそうになる。
 彼はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。
 月にいた頃は頼ってばかりで、揺るぎのない人だと思っていた。先の大戦のときも、思わぬ脆さと迷いを見せはしたけれど、それでもこんなふうに不安を感じたことはない。オーブにいたときにも。
 熱にうなされた彼が、苦しそうに息を吐く。
「どうしたの? アスラン」
 身を乗り出し、その唇に耳を寄せると、彼が繰り返し誰かの名を呼んでいることがわかった。
 スッとキラの顔色が変わる。
 ザフトの新型に乗っていたパイロットの名前だ。その彼との戦闘にアスランは割って入り、無理をして気を失った。
 医務室のドアが開く。
「──あっ」
 アスランが連れてきた、確かメイリンとかいう──
 甲斐甲斐しくアスランの世話をしてくれる彼女に、キラは笑みを向けた。
「……いつもありがとう。アスラン、無茶ばかりするから世話はたいへんでしょう?」
「いえ」
「あと頼めるかな」
「あ、はい」
 言って背を向ける。
「──つっ」
 後ろ手に閉じたドアの前で、キラは小さな痛みを胸に感じた。



2005.8.28

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