溜め息というものは無意識に出てくることが多いが、時には後で自覚することもある。部下に苦笑まじりで指摘されてから、アスランはここ数日、自分がよく溜め息をついていることに気付いた。
理由はわかっている。キラにマイクロユニットの制作を禁じられたからだ。以来、アスランは暇を持て余し、イライラは増えないまでも溜め息は格段に増えた。
先月の18日はキラとカガリの誕生日だった。何をプレゼントしていいかわからなくて、悩んだすえアスランは、キラとカガリにひとつずつハロをプレゼントした。けれど、最初喜んでくれたはずのキラの眉が少し曇って、アスランは何か失敗したのかと心配になった。
「その…いらなかったか?」
恐る恐るアスランが聞くと、そうじゃないけどとキラが言った。
「うれしいけど、無理したんじゃないの? アスラン」
「無理?」
「徹夜とか」
ああ、とアスランは答えた。
「たいしたことないさ」
「でも顔色悪いよ?」
確かに以前より顔が白くなったとよく言われる。
「デスクワークが増えたからな。いまは外に出ることがあまりない」
「なのに、マイクロユニット?」
ずっと机にかじりっぱなしだったのかと言うキラに、アスランは笑んだ。
「3月から4月はデスクワークが増えるんだ。これからはそうでもないし、それに」
これは特別だったからとアスランが言う。
「これは、ずっとお前のことを考えて作ってたから、時間がたつのが早かっただけで」
キラが驚いた顔をした。
「……アスラン、いま、」
「え?」
「すごいこと言った」
アスランはきょとんとしたが、キラが言うならそうなのだろう。アスランは鈍感だとよく言われるが、キラはよく気が付くといわれる方だ。
何故かキラがうれしそうな顔をしたから、アスランも自然に口許に笑みが浮かんだ。
「これはキラのために作ったから」
だから、作っている間、ずっとキラのことばかり考えていた。
これを受け取ったときキラはどんな顔をするだろう、どんな機能を面白がるだろう、色は何色がいいだろう。
受け取ったときのキラの顔を想像しながらの作業は楽しく、そしてときどき入り混じる不安にドキドキもした。
こんなものでキラは喜んでくれるのだろうか。
最初はトリィの兄弟でもと思ったが、キラがいまでもトリィを傍に置いてくれていることを知っているから、別のものをと考えた。2羽も肩に乗せるのは何となくたいへんそうだ。
別の動物にしてもロボットにしても何となくトリィとかわらないような気がして、結局ハロにしたのは5月に入ってからだ。ハロにしたのは以前キラがラクスのハロを「いいな」と言ったことを覚えていたからで、ハロなら増やしても今更なうえ、留守番用なら連れ歩く必要もない。カガリのものも作らなくてはならなかったから少しばかり根を詰めたが、キラが心配するほど無理をしたわけでもなかった。
が、キラが喜んでくれたのは一瞬だけで、すぐに視線を落として、拗ねたような顔になった。
二十歳をとっくにすぎた大人になっても、こういうところは変わらない。子どもっぽいと言えばそれまでだが、そういうキラの我がままな子どもっぽさは、何故かアスランを、ほっとさせた。
『男なんていつまでも子どもなんだから』
そう言ったのはマリュー・ラミアスだったろうか。
だが今は、子どもだガキだうんぬんよりも、曇ったキラの顔が気になった。
「キラ?」
心配して内心おろおろアスランが聞くと、キラが、キッと顔を上げた。
「アスラン!」
キラが顔をあげてくれたことにほッとした反面、その勢いに何故か背筋がピンと伸びる。
「な、なんだ!?」
「これって、カガリの分も作ったんだよね?」
「あ、ああ」
「わざわざカガリのために作ったってこと?」
「そうだが…?」
何かまずいことでも言っただろうか。
カガリへのプレゼントなのだから、キラのものと同様、わざわざ作ったに決まっている。そんなことは言うまでもないと思っていたのに、何故かキラは気に入らなかったらしい。
同じものだったからだろうか。
だが、機能が違うことは説明しているし、最初はそんなこと気にしていなかったはずだ。
恐る恐るキラの顔を窺がうと、幼なじみの唇は少し尖がり、「面白くない」と顔に書いてあることがアスランにも理解できた。が、まるで理由がわからない。
「きら…?」
もう一度アスランが恐る恐る窺がうと、むすっとしたままキラが言った。
「アスラン、ラクスにもまたハロを作ったって言ってたよね?」
「ああ、今年は少し余裕ができたからな」
時間的な余裕ができるようになったから、数年ぶりに新しいハロをプレゼントしたのは数ヶ月前だ。朴念仁と言われるにふさわしく、ラクスの誕生日は失念していたのだが、偶然にも日が近かったこともあって、バースディプレゼントとカン違いされたまま今に至っている。
「いろいろ試したいこともあったし」
以前よりもっと多機能で高性能な万能マイクロユニットを考えていたところにラクスが、「もうハロは作りませんの?」と言ったから、久しぶりに新しいハロを作ってみた。様々なセキュリティ機能を強化した試作品が成功したからキラとカガリにもハロをプレゼントしたのだが、キラは気に入らなかったらしい。ぼそっと、もうやめなよと言った。
「ハロを作るのはもうやめた方がいいよ」
「え?」
「ハロだけじゃなく、マイクロユニット全部。徹夜までして作ることないし、それに」
落としたキラの視線が、アスランの戸惑いを避けるように横に動く。
「アスラン、皆にあげすぎ」
お礼や気持ちをどう返せばいいのか、どう現わせばいいのかわからないアスランは、キラやラクス、カガリ以外にもハロや小動物のマイクロユニットを贈っている。
それをキラに咎められ、何故かアスランは、
「すまない……」
素直に謝った。
――という、これが半月前の出来事で、月が変わったいまも、マイクロユニット作りを禁じられたアスランの溜め息は増え続けている。
そして、
「はあ……」
一方、こちらは遠く離れたプラントのキラだった。
キラもまた、ここ数日、溜め息が増えて、ラクスから、どうしたのですか?と笑いながら聞かれ、ぼそりと答えるところだった。
「アスランに」
「はい?」
「もうハロを作るなって」
「言ったのですか?」
「うん」
ラクスが笑む。
「困っているでしょうね、アスラン」
「溜め息が増えたぞって」
「カガリさんが?」
「そう言ってきた」
カガリがけんかでもしたのか?と呆れながら電話してきたことによれば、アスランの溜め息がここ数日、格段に増えているらしい。
キラが理由もなくラクスの部屋に訪れるときは、アスランと何かあったときだ。それをよく知るラクスは、子どものようなジレンマを抱えるキラに、やさしく諭した。
「根を詰めているように見えても、あれはアスランの息抜きでもあるのですわ」
「知ってるよ、そんなこと」
ラクスに言われるまでもなく、キラにはよくわかっている。
不器用なアスランが、唯一、自分にできることだと信じている小さな特技を、キラが嫉妬から禁じてしまった。
クスッとラクスが笑う。
「素直に言えばよろしいですのに」
秘密の話をするようにラクスが近付き、キラが顔を上げる。慈愛の中に硬質なものを感じさせるラクスの顔は、どこかいじわるな女神のようでもあった。
「アスランが他の人のことを考えるのが嫌なのでしょう?」
「ラクス…」
「アスランが言ってました。ハロを作っているとき何を考えているのですかと聞いたとき、相手のことをずっと考えているのだと。最初にプレゼントした友だちがとてもうれしそうな顔をしてくれたから、贈る相手の顔を思いながら作るようになったのだと。最初はハロじゃありませんでしたけどって」
気紛れな小鳥のようにラクスが立ち上がり、ふいとキラから身体を離す。
「でもアスランの言う相手は、いつも同じ人というわけではありませんもの」
そう、アスランは、いつもキラのためだけに作っているわけではない。
ラクスのハロを作るときはラクスのことを、カガリのハロを作ったときはカガリのことを、イザークのハリネズミやシンの金魚だってそうだ。作っている間、ずっとプレゼントする相手のこと考えているのだ、アスランは。
そう、自分以外の、キラ以外の人のことを、作っている間、ずっと。それをおもしろく思わなくても、当然だとキラは思う。
「それが嫌だって言えばよろしいのに」
「言えないよ」
ぼそっとキラは心情を吐露するように呟いた。
「どうしてですの?」
それを拾ったラクスが、屈託なく聞く。
「だって」
おもしろくない。
アスランがそんなことを気にもしていないことがわかるだけに、余計に。
だいたい、へたにそんなことを言えば、アスランが気付かなくてもいいことを、わざわざ気付かせ、説明しなければならない事態に陥る危険がある。
例えば、アスランに反抗的な態度を取る元後輩の不自然な反抗具合や、いつも怒ってばかりいる元同僚の沸点の低さの謎に。
「いいんですの? それで」
「いいんじゃない?」
そう答えたキラは、もう一度、だってと言った。 「いまはずっと僕のこと考えてるはずだもん、アスラン」
アスランのことだから、キラを怒らせてしまったのだろうかと気に病んでいるはずだ。マイクロユニット作りは禁じているから、それで気を紛らせることも、考えないようにすることもできない。もちろんアスランに答えが見付かるはずもないから、「キラが」「アスランを」「許してあげる」まで、それは続くことになる。
「ハツカネズミみたいになってるってカガリが言ってたから、いまもきっと、僕のことで頭がいっぱいになってるよ、アスラン」
ニヤリというほど黒くもないが、にこりというほど白くもない顔でキラがのろけ、あらあらとラクスが言った。
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