何やら思い詰めた顔をして現れたジョミーを、フィシスは労わるような笑みで迎えた。
「どうかしたのですか、ジョミー」
「フィシス……」
思い詰めているだけではなく、彼の顔には疲れも見える。内心の溜め息すら聞こえそうな程だ。
とは言っても、すべてが顔に出ているわけではない。以前は心の中すらオープンだったが、いまはソルジャー・シンとして皆を率いる立場にいる。当然、心情を隠すすべも身に着けざるを得なかったが、占い師と呼ばれる彼女には目が見えないからこそ彼の揺れを感じることができた。
思い詰めた目がフィシスを見る。
「――フィシス」
「はい?」 「ブルーが行方不明なんだ」
「まあ」
これは一大事とフィシスの顔色も変わる。ジョミーはくやしげに拳を握り締め、搾り出すような声を出した。
「青の間のベッドに寝ていたはずなのに姿が見えないんだ」
「それは……」
「またテレポートして迷い子になっているんだと思う。フィシス、彼の行方を占ってほしい」
切実なソルジャーの願いに、フィシスもまた神妙に頷いた。
「わかりました。あの人の行方を追いましょう」
「頼む」
ブルー。
偉大なるミュウたちの長・ソルジャー・ブルーは、ナスカで消える直前にジョミーが欠片を掴まえた。欠片だったため等身大で呼び戻すことがかなわず、体長は1/10スケール、17cm程だ。
それは別に問題ではない。いや、ある意味大問題ではあるが ジョミーにとっても他のミュウたちにとっても、彼が生きているということの方が重要だった。
しかしである。
いまひとつ彼は自覚が薄かった。自覚というより300年も自然にしていたことだから、今更変えろと言う方が無理なのかもしれない。息をするなと言っても無理なように、癖がなかなか直らないように、彼は以前と同じ感覚でサイオンを使う。
サイオン能力を失ったわけではない。以前と同じくタイプ・ブルーとして強い力を秘めているのも間違いなかった。
しかしだ。
彼の身体は小さかった。小柄というレベルを遥かに超えてミニだった。当然サイオン能力も身体に比例して縮小されたが、ブルーにはその自覚が、何と言うかたいへん薄かった。
したがって。どこかに飛ぼうとして辿りつけないことがままあった。
もともとブルーはシャングリラの中を把握していない。というより、知る必要がなかったのだろう。歩いて回るには彼は忙しすぎる上、シャングリラは改造に改造を重ねている。しかも彼はいつでも好きなところに飛べたから、知る必要などなかったというわけだ。
したがって。テレポートの途中で迷い子になると、現在地が把握できず、自分がどこにいるかテレパシーで知らせることができない。それ以前にテレパシーが届かない。
以前のあれこれを思い出し、ジョミーが落ちつかなげに、うろうろと歩き始めた。
「この前は倉庫の隙間に落ちてたし、その前なんて冷蔵庫で凍えながら寝てるし。しかも冷蔵庫だって気付かずに!
『どうりで寒いと思った』って言ったあと、『実験施設時代を思い出したよ』なんて、笑えない冗談をさらっと」
人はそれを遭難という。
「……そんなことが」
「見掛けが小動物なんだから冗談にしても笑えないよ。だいたい冷凍庫だったらどうなってたか。氷付けのブルーなんて、そんなの」
アイス・ブルーなんて、そりゃきれいかもしれないけど。でも。ぶつぶつ。
「……小動……アイス・ブル……ジョミー?」
「なに、フィシス」
「いえ、何も」
(一方的に)気まずい沈黙が落ち、カードを捲る音だけが響いた。やがてフィシスの手が止まる。
「変化のない未来、揺れる白い波に浮かび上がる蒼き光の園、安住の地」
「何かわかったの」
「あの人の眠る場所。それは――青の間」
「青の間!?」
静かにフィシスは頷いた。
「おそらくはベッドの下か隙間に落……」
「ありがとう、フィシス!」
「あ、ジョミー」
フィシスの言葉を最後まで待つことなく、天体の間からジョミーが消える。行き先は聞くまでもない。青の間だ。
「あんなに急がなくても、いまのソルジャー・ブルーなら逃げはしないでしょうに」
何しろ彼はいつも寝てばかりいる。
やれやれと言わんばかりのアルフレートにフィシスがゆるやかに微笑んだ。
「一度失くしかけたのです。ジョミーが心配になるのも無理はないでしょう」
ブルーは無頓着ですから。
「それはそうですが」
フィシスは続けた。
「ブルーの眠りはジョミーに追いつくためのもの」
アルフレートが顔を上げる。
「いまのブルーは赤ん坊と同じなのです。ジョミーに追いつくために必死に眠り、大きくなろうとしているのです。そしてジョミーもまたブルーに追いつこうとして」
フィシスは見えない視線を落とし、テーブルの上のカードを見つめた。
「ブルーがジョミーを見付けアタラクシアの空で掴まえたように、今度はジョミーがブルーを追い、ナスカの宙で掴まえたのです。あのふたりはこうして永遠に惹かれ合い、互いを追ってゆくのでしょう」
「それではまるで永遠の片思いのようではありませんか」
呆れたようなアルフレートの言葉に、フィシスは苦笑した。
「あのふたりは気付いていないだけなのです」
すでに並んでいることに。
ジョミーにとってブルーはあまりにも大き過ぎ、ブルーにとってジョミーはあまりにも眩しすぎた。
「近過ぎて見えていないだけなのです」
相手と、そして何より自分自身が。
フィシスは見えない目を宇宙に向け、ジョミーが消えた空間をしばし見詰めた。
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