シャングリラのキャプテン、ウィリアム・ハーレイが青の間を訪れると、そこはもぬけの殻だった。
広い空間の中に青白くベッドが浮かび上がっている。しかし、その名の所以となった、青の名を持つ人の姿はない。かわりにベッドから順に、マント、ブーツ、上着にズボンと脱ぎ散らかした服が転々としている。
ハーレイは頭痛を覚えた。
おそらく順に脱いでいき、最後はテレポートしたのだろう。ハーレイがその人の不在に気付かなかったのは、脱ぎ散らかされた服に残る気配のせいか。
ひとつ息をつき、ハーレイは点在する服を拾い始めた。
行き先はわかっている。おそらくシャワールームだ。それなら、すぐに戻ってくるだろう。
はたして、ハーレイの読み通り、さほど待つまでもなくソルジャー・ブルーが空間から現れた。
「何て格好してるんです!?」
わかってはいたことだが、ソルジャー・ブルーは裸だった。腰にバスタオルを巻いてはいたが、水滴を残したままの素肌が露わになっている。
何度見てもなれない――
慌てるハーレイをよそに、ブルーは涼しい顔で笑みを浮かべた。
「ハーレイ、どうかしたのかい?」
「どうかしたから来てるんです。そんなことよりあんた、またそんな格好で」
「誰にも見られてないよ?」
「そんなこと言ってるんじゃ……ああ、ポタポタ水滴が! 何歩き回ってるんですか、床が濡れるっ」
「そのうち乾くよ」
「乾くまでほっとくわけにいかんでしょう」
言われて、ようやくブルーは足許を見た。
ぺたぺたと裸足で歩き回っていたせいか、髪から落ちた雫が足跡のように転々としている。
ブルーは少し反省したようだった。めずらしくこちらを窺がうように、顔を覗き込んでくる。
「あとでやっておくから」
ハーレイは溜め息をついた。
「床より、あなたはご自分を乾かす方が先でしょう」
冷やすのは身体に悪い。
言うと、ブルーが小さく肩を竦めた。
「そんなに弱ってないよ」
「過信されているだけです」
「相変わらず容赦ないね」
きっぱりとハーレイは言った。
「あなたに容赦していては、こちらの身体がもたない」
呆れるように言ったハーレイに、シュッと目尻を上げて、いたずらにブルーが笑う。
「それで、ぼくをフッたの?」
なっ……!
ハーレイは思わず大きな声を出した。
「あれは、あなたが――!」
「何してるの?」
突然、地を這うような第三者の声が響き、ハーレイは慌てて手にしたマントでブルーの裸身を隠した。
が、当のブルーはといえば、ハーレイの腕の中で、マントに包まれたまま声の主に笑みを向けている。
「今日は早いね、ジョミー」
ジョミー・マーキス・シン。次代の長が、ソルジャー・ブルーとどんな関係にあるか、知らないハーレイではない。
そのジョミーの視線の険しさに気付き、ハーレイは首をぶんぶん振って否定した。
「誤解だ! 私はソルジャーとは何もっ」
「全部、昔のことだよ、ジョミー」
涼しい顔で、しれっとソルジャーがそんなことを言う。
「またあんたは何を」
そんなことを言えば、この若い長が誤解するではないか。
ゆっくりと大股で近付いてきたジョミーが、無言でハーレイからブルーを取り返した。
「悪いけどハーレイ、ちょっと席を外してくれる?」
ぴきぴきと痛いほど伝わってくるのは、彼の不機嫌な思念波だ。
ハーレイは黙って引き下がった。これでまた、しばらくソルジャー・ブルーは起き上がれなくなるだろうが、自業自得というやつだ。
「ジョ……ソルジャー・シン、できれば、その」
出て行きかけたところで足を止め、振り向いた。
できれば加減していただきたい。
が。
再び黙って踵を返した。
ジョミーの腕の中のブルーの顔を見たからだ。
あんなソルジャーをハーレイは知らない。満ち足りたしあわせそうな笑み。少なくともジョミーが来るまではなかった顔だ。
ダシに使われるのはたのしくないが、あの顔を見られるならよしとしようとハーレイは思う。いままでずっと、たったひとり、あの細い肩に重責を科していたのだから。
ジョミーが気の毒な気もするが――
溜め息とともに、ハタと気付く。ソルジャーの服を手にしたままだ。まさか、今から引き返すわけにもいかない。
青の間から出てきたハーレイは、この服をどうしたものかと考えた。
|